祝賀会

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祝賀会

 陽子の家で、気持ちが落ち着いた葵は、香に電話をかけた。 「お母さ〜ん!光、帰ってくるって!」 と、久しぶりに聞く葵の嬉しそうな声に、香は、思わず涙が溢れた。  葵に気付かれない様に、いつもより少し高めの声になりながら、 「あら、良かったわね!泣き落とししたの?」 と聞くと、 「泣き落としでも落ちなかったけど、友達が一緒に説得してくれたの」 と、葵は、陽子と麻衣に笑いかけながら、香に伝えた。  香は、心の底から、 「良かったぁ…」 と、胸をなでおろしていた。  そして、 「今日は祝賀会よ! お友達もよかったら誘っておいて」 「今から迎えに行くからね」 と言って、電話を切った。  香は、嬉しさをこらえきれず、急いで小林に電話をかけた。  小林も泣きそうな声で喜んでくれた。  そして、今日は従業員に断りを入れて臨時休業にし、小林と航にも自宅へ来てもらうよう頼んだ。  金曜日は、お店にとっては大事な曜日。  けれど香は、葵と光にとって大切なこの日を定休日に変更なんて出来なかった。 「あなた達は、皆に大切にされてるんだ」  そう伝えたかった。  そして香は、光の祖父母にも連絡をし、自宅へ招待した。  それから慌てて、二人の待つ陽子の家へと車を走らせた。  香との電話を切った葵は、陽子と麻衣に向かって、 「今日ね、家でお祝いするんだって!」 と伝え、 「それでね、お母さんが二人を招待したいって言うんだけど、どうかな?」 と続けて話した。  陽子と麻衣は、互いの目を見て、 「私、行ける…、陽子は?」 「私も行ける…、じゃあ…」 と小声で話し、葵に向かって、 「行く! 行く!」 と手を上げた。  葵は、それを見て嬉しそうに、 「ありがとう!」 と言って笑った。  陽子と麻衣が両親へメールで夜の外出を伝え終わって少したった頃、香が迎えに来た。  軽く挨拶をして車に乗り込む。  後ろの席には葵と陽子と麻衣が座り込んだ。  光は、戸惑いながら助手席に座り、運転席の香を不安げな顔で見た。  香は、そんな光の顔を見て、 「バカなんだから…」 と呟き、堪えきれなくなった涙を拭い、気持ちを切り替える様に、 「さぁ、行くわよ!」 と、明るい口調で言った。  葵は、 『お母さんも辛かったよね…。』 と、香のわざと出した明るい声を聞き、思っていた。  気づいていた…。  母が夜中に泣いている事…。  光をどうしたら救えるのか悩んでいた…。  そして、私を心配している事も…。  葵は、これからは心配かけないように頑張ろうと心に誓った。  一方の光は…  葵に会えた…。  葵の顔を見れたのが、苦しいけど嬉しかった。  会ってはいけない…。  また傷付けるのが怖かった。  葵の事を大切に思えば思うほど、葵の笑顔を失う事が怖かった。  だから…逃げたのに…。  葵の泣き崩れる姿を見て、光は苦しかった。  守りたいのに守れていない…。  葵の友達の『傷つけてしまったのなら、今よりもっと大切に』という言葉に心が軽くなった。  葵を守れなかった分、葵が僕を必要としてくれているのなら、そばにいたい。  僕が出来る事は、これなのかもしれない。  光は、今よりもっともっと強くなると心に決めた。
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