ダリアにて

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ダリアにて

『今日から家族』と香が宣言した前日。  ゴールデンウィークを少し過ぎた土曜日、長期休みだったせいか、土曜日なのにお客がまばらだった。  ここは、香の経営しているお店ダリアだ。  夫を亡くして、多額の保険金が手元に入り、勢いで三階建のビルを買ってしまった。  一階は、買った時は小さなお店が3軒で使える形だったが、中の仕切りを壊して広くし、大手の薬局に貸し出している。  そして、二階はダリアのみ。 従業員が使える仮眠室やメイク室、自由に借りれる衣装部屋もあり、香が、壁紙や小物にも配慮して各部屋をコーディネートしていた。  お店の中も、スナックというよりレトロなバーに近かった。  ダリアでは、ビジネスパートナーでオーナーと周りから呼ばれている小林海斗(カイト)と共に、15人ほどの従業員と働いている。  香と小林は、ビジネスパートナーという存在だが、他の従業員は、二人が恋人なのでは?と、密かに思っていた時期もあった。  だが、香は今も亡くなった圭佑一筋だ。  小林には、恋人の航(ワタル)という人がいる。  同性の。  周りの偏見に悩んでいた時、一時期、香がカモフラージュになった事があっただけだ。  ダリアの3階には、賃貸アパートとして2部屋あるが、その1つの部屋を小林と航に貸している。  香としては、月々の家賃収入が入るし、小林としては、同性の同棲というのは、あまり好まれないため、住む所を探すのに困っていたからだ。  それらの事がきっかけで、小林からの信頼が厚く、二人の関係も良好であった。 『カランカラン』  客が来た事を、知らせるベルが鳴った。 「いらっしゃいませ〜!」  従業員が笑顔で出迎えると、出入り禁止にしたいくらいの迷惑男がニヤニヤしながら入ってきた。  この男、和田(ワダ)というが、長距離トラックの運転手らしい。  酔うと、声を張り上げたり、他の客にいちゃもんをつけるため、手を焼いていた。  警察沙汰になる手前に、それを察していつも逃げられていた。 「はぁ…、今日はついてない日だわ」 香は、心の中でそうボヤきながらも、笑顔で 「いらっしゃいませ!」 と言って席を案内しようとした。  けれど、和田の後ろの子を見て、思わず動きが止まった。  ボロボロな服装で、肩より長いボサボサの髪の毛で顔が隠れてしまっている、葵と同じくらいの子がいたからだ。  思わず、怪訝な顔になってしまった。 「こちらの子は…?」 と、和田に問いかけると、和田は後ろのその子を見て、 「お〜! こいつ、ここで雇ってくれないか??」 と聞いてきた。  そして続けて、 「こいつ、口聞けないけど、洗い物とかなら出来るからさ〜」 と、お酒を呑んでいる時とは違う愛想の良い顔で言ってきた。  従業員の人数に困っていないし、和田と関わりたくない香は、どう断ろうかと考えていた。  すると、 「香さん、足りないお酒が…、ちょっと来てもらいたいんですが…」 と、小林から声をかけられた。  和田に、 「少しお待ち下さい」 と声をかけ、バックヤードへ向かうと、小林が少し強張った顔を近づけてきた。 「香さん! アイツやばいです!」 と小声で囁き、続けて 「今ゴミ捨てに行った従業員から聞いたんですけど、あの子のお腹を蹴り飛ばして、お前、サンドバッグの分際でチンタラすんな!って言ってたそうです!」 と、香に言った。 「えっ? …虐待?」 「…サンドバッグって…」 と香は眉間にシワを寄せて呟いた。 「そうなんですよ!」 「どんな関係か知りませんが、あの子…このまま、あの男のそばにいるのは危険じゃ…」 と、小林も心配そうにため息をつきながら答えた。  香は、 「…警察呼んでくれる?あの部屋に…」 と、小林に隠し部屋に視線を向けて伝えた。  小林は頷き、奥の部屋へと入っていき、警察に電話をかけた。  このダリアには、ここの従業員しか知らない、4畳ほどの小さな部屋が隠されている。  色んな場所につけてある防犯カメラを確認する場所だ。  緊急用でしか使わないため、聞いてはいても存在を皆忘れている。  その部屋に警察に居てもらい、現行犯で逮捕が出来れば助けてあげられるかも…と、香は思っていた。  ホールに戻り、和田が連れてきた子にチラッと目を向けた。  そして、和田に向かって歩いた。 「和田様、お待たせして、大変申し訳ありません」 と、香は申し訳無さそうに頭を下げた。 「奥の方で、もう少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」 と、続けて優しい口調で問いかけた。 「おう! いいぞ!」 と、和田はニヤニヤしながら答えた。 個室に和田達を案内すると、 「では、飲み物をお持ち致しますので、もう少しだけお待ちいただけますか?」 と香は声をかけた。  和田が手を上げて了承したので席を外し、隠し部屋へと急いだ。  隠し部屋には警察官が2人来てくれていて、小林と話をしていた。  香も加わり防犯カメラの映像を見ていたら、見ていた全ての人の動きが止まった。  暴力…?  虐待…?   香には、それ以上に感じられる行為が、和田からあの子へとされていた。 「あの子が死んでしまう!」  香は、警察官と小林と共に、和田のいる個室へと急いだ。  香が個室に着くと、先に着いていた警察官に和田は取り押さえられていた。  和田が連れて来た子は、少し離れた所で倒れていたが、感情を失っているのか、怯える事無く、そして泣いてもいなかった。  和田は、叫んだ。 「自分の子供に何しても、お前らには関係ないだろが!」 と…。  香は、その子に駆け寄り抱きしめた。    そして、急いでその子を立ち上がらせ、従業員のバックヤードへと連れ出した。  裏でその様子を見守っていた従業員の一人が、椅子に座って下を向いたままでいるその子に、オレンジジュースを差し出した。  その子は無表情で黙ったまま、手にしたオレンジジュースの入ったコップを眺めていたが、ゆっくりと一口だけ口に運んだ。  その姿を見て、 「あっ、ジュース、飲めた」 と、見ていた人皆が少しだけホッとしていた。  
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