アザレアの中で

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アザレアの中で

 小林が光に会いに行ってから、ニ年の月日が流れた。  香は、光が居なくなってからの三年間で、アパート経営も始めた。  香達の自宅近くの駅徒歩圏内の場所だ。  そこは、駅がリニューアルすると聞いてすぐに土地を買った。  集客が望める街に変わりつつあると、香は思っていた。  そして、駅のリニューアルが始まると同じ頃、買った土地に三階建のアパートを建てた。  一階は商業施設。  二階が1LDKが三部屋。  三階が3LDKが二部屋。  小林は、ダリアのオーナーを続けながら、空いてる昼間にアザレアの手伝いをしていた。  小林と香は、恋人ではない。  でも、生涯パートナーでいたいと、互いに思っていた。  それが、どんな形であれ…。  アザレアも少し変化していた。  当初と変わらず、モーニングとカフェのみの営業だが、小林がお店を時々手伝うようになったため、もう少しお店を広くしようという話になった。  天井が高く三角屋根だったため、床を貼り二階を増築した。  高さが少し低いので、畳敷きにし、腰を下ろして座ってくつろぐスペースにしたため、狭さが落ち着くと人気の場所になっていた。  葵は、専門学校の後、他のお店でも経験を積みたいと、駅近のカフェで働いている。  休みの日だけ、アザレアを手伝っていた。  お客さんの居なくなった火曜日の夕方。  アザレアの中では、ダリアが休みの小林と香が、コーヒーを飲み寛いでいた。 「ただいま〜!」  葵が帰って来た。  今日は夕方までの勤務のようだ。  アザレアのカウンターに腰を下ろして話していた香の横に座り、今日の仕事の出来を話していた。  そんな時、 『カランコロン』 と、お店の扉が開く音がした。  三人が入口に釘付けになった。 「ただいま…」 と、不安そうな小さな声で言う光がいた。  誰も動けない。  誰も喋れない。  無言の時間が数分あるように感じられた。  小林が、 「遅かったな! おかえり」 と、笑顔で言った。  その声に、我に返ったように香が、 「おかえり…」 と、涙を浮かべて微笑んだ。   葵は…泣いていた。  光は、小林と香に微笑みかけた。  そして、葵のそばに行き、 「遅くなって、ごめん…」 と、謝りながら、葵の手を握った。  葵は、流れる涙を手で拭いながら、無言でネックレスを外した。  それは、光がクリスマスにあげたネックレスだった。  光が泣きそうな顔になり、小林と香は、二人の様子を見守っていた。  葵は、そのネックレスに一緒につけていた2つの指輪を取り出した。 「一つは光の」 「どうする?左手薬指?右手薬指?」 と、光に問いかけた。  光は葵の目を見た。  泣きながらも、真っ直ぐな揺るがない瞳をしていた。  その瞳を見て、光は、 「僕が望むのは、左手の薬指」 そう言って、少し大きめの指輪の方を、自分の左手の薬指にはめた。  葵の手の中のもう一つの指輪を取り、 「佐々木葵さん、僕と結婚してください」 と言って、葵の左手の薬指に指輪をはめた。  葵は、泣きながら自分の薬指にはめられた指輪を見て、 「返事してないんですけど」 と言うと、光は、 「結婚してくれるまで、今度は僕が待つ」 そう言って、笑った。  葵は嬉しくて、光の胸に飛び込んだ。  光は、そんな葵を優しく抱きしめ、 「待たせてごめんね、もう離れない」 そう優しく囁いた。 指輪は両方サイズが合わないのか、抜け落ちそうだった。 葵は、この三年で少し痩せてしまったため、三年前に買ったときから指が細くなっていた。 光の方は、たぶんこのくらい…?と思って買った物だったから、合わなかった。 それでも、合わない事すら楽しめるくらい、二人は一緒に笑い合える事が、心から嬉しかった。  香と小林も見つめ合いながら肩を抱き、二人の幸せを共に喜んだ。 大切な人が近くにいること、それこそが本当は奇跡だ。  アザレアの中では、幸せな空気に包まれていた。
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