初日の日曜日

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初日の日曜日

 葵と香が部屋へ行ってしまったダイニング。  一人残った光は椅子に座り、アパート前のコンビニで買ってもらったサンドイッチを、黙々と食べていた。  『急がなくても殴られないんだ…』  そう思い、今までにない穏やかな時間を噛み締めながら、ゆっくりと食べ進んでいた。  すると、ドアが開き、葵が部屋から出てきた。  その姿を捉えた光は、葵の登場に食べるのをやめて下を向いた。  トイレに行こうとして部屋を出た葵は、固まってしまった光が目に入った。 「ねぇ…、テレビ付けたら?」 「静かすぎじゃない??」 と、思わず声をかけたが、光は無言で下を向いたままだ。  そんな光の姿を見た葵は、少し考えて、 「あ〜、あんたに怒ったわけじゃないから」 「お母さんに怒れただけだから、気にしないで」 と伝えると、光は下を向いたまま大きく頷いた。  それを見て、 「話したくないのかな…?」 と思った葵は、リビングにあるテレビのリモコンを光の近くに置き、 「テレビ観たくなったら、勝手に付けなよ」 と伝えると、トイレへと向かった。  その葵の後ろ姿を、光はじっと見つめていた。  夕方のチャイムで目覚めた香は、 「ん〜、やっぱり葵にちゃんと話さないとだよね…」 と心の中で思い、すでにお店に居るであろう小林に電話をかけ、今日休むことを伝えた。  朝までの内容をメールで聞いていた小林は欠勤を了承し、電話を切った。  香は、ベッドから起き上がり、葵と話さなくてはいけない現実に気を重くしながら、部屋のドアを開けた。  すると、リビングのソファで並んで座る葵と光が見えた。 「えっ!?」 と声を上げると、葵が香の方へ見て、人差し指を口元で立てて、『静かに!』というジェスチャーをした。  静かに歩み寄ると、そこにはソファに座ったまま眠る光の姿があった。  さかのぼる事、数時間前。  トイレに行った葵は考えた。 「一緒に住むなら、ちょっと話してみたいな〜」 と。  葵は、突然の出来事に説明のない香には腹が立ったが、他の誰かが一緒に住むことは反対では無かった。  というのも、父親が 「お母さん、寂しがり屋だから、お父さんが居なくなったら、葵が知らぬ間に色んな動物連れてくるかもしれないからな〜」 と言っていたからだ。  だから、ビルを買ったときは、 「お父さん…、動物じゃなくて、ビルだったよ…」 と、空に向かって呟いたりしたのだ。 「いや、さすがに、寂しいから家族増やすは、無いか…」 「しかも、お父さん亡くなってからずいぶん立つし…、ん〜」 と、悩んだが、 「悩むの疲れた!」 「まぁ、ダメ元で話しかけてみるかぁ〜」 と、持ち前のポジティブさで思い立ち、ダイニングに向かった。  ダイニングでは、サンドイッチを食べ終えていた光が、下を向いたまま椅子に座っていた。  その姿を見て、葵が、 「ねえ、一緒にテレビ観ない〜?」 と、軽やかな口調で問いかけると、光は顔を上げ頷いた。  そんな光の手を引っ張り、リビングのソファに並んで座り、テレビをつけた。  葵は、チャンネルを変えながら、 「どれ観る〜?」 と聞くと、光はまた黙ったままだった。 「じゃあ、気になるのあったらさぁ、私の手を触って」 と葵が光の顔を覗き込みながら言うと、光はまた頷いた。  そして、葵がチャンネルを変えだすと、動物の特番で光が葵の手に触れた。 「オッケー! これが観たいんだね〜」 と、葵が答えてリモコンを置き、そのまま二人は動物の特番を並んで観ていた。  数分後、葵がふと光に目をやると、寝てしまっていた。 「あれ? 観たかったんじゃないの?」 と思ったが、よくよく顔を見ると、目の下にクマができていた。 「きれいな顔してるのに、もったいないな〜。」  葵は、光の顔を眺めながら思った。 「化粧したら、絶世の美女だったりして!」 と、綺麗になった光を想像して、ワクワクしていた。  そんな一人妄想を楽しんだ後、つけっぱなしのテレビに目をやり、葵は寝ている光の横で、動物の特番に見入っていた。 「いつから、こんな感じなの?」 と、香は葵に聞いた。 「トイレから出てきたら、サンドイッチ食べ終わってるのに下向いたままダイニングに居たから、こっちに誘ってテレビ見せたら、すぐに寝ちゃった」  と葵が答えると、香は、 「この子…、昨日ほとんど寝てないの」 と答えた。 それに驚いた葵は、 「…だからすぐ寝ちゃったのかぁ」 と、光の顔を見て呟いた。  そんな葵を見ながら、香は、気になっていた事を聞いた。 「ねえ、この子、話す事が出来ないんだけど…、大丈夫だったの?」 と、問いかけると、葵はきょとんとした顔で、 「それ、重要?」 「話さなければジェスチャーすればいいだけじゃん」 「この子も、伝えてくれたよ」 と答えた。  そんなふうに話す葵を見て、香は、 「もしかしたら、光を連れてきたのは正解だったのかも…」 と、ふと思えた。   「でも、経緯は気になるんだけど…」 と葵が言うと、香は、光の顔を眺めながら、昨日からの出来事全てを葵に話した。 「虐待かぁ…、それで話せないのか…」 「名前も変えたんだ…」 「すごい1日だったね、お母さんも光も…」 と、葵も光の寝顔を見ながら、呟いた。  そして…、 「オッケー!」 「家族って感じになるかは不明だけど、せっかく一緒に住むなら楽しくしようね」 と、葵が香に笑いかけた。  こんな風に笑って話すのは、どれくらいぶりだろう…。  二人だとそっけない態度でしか居られなかったのに…。 『光を守りたい』 その思いが二人の絆を強くしているようだった。  すると、香が、 「あっ、そうそう、光の服、私のでサイズは良いと思うけど、新品の下着がなくて…」 「明日服と一緒に買いに行くけど、とりあえず今日のが欲しくて…、葵、新品の下着ある?」 と、葵に聞くと、 「あるけど、一目惚れして買ったから大事すぎて使ってないだけなんだけど〜」 と、文句をブツブツと呟いた後、 「仕方ないかぁ…、今度可愛いの買ってよ〜!」 と言い、下着を取りに行き、そのまま光が使っている部屋へと置きに行った。  そして、夜は出前のそばを頼み、 「なんか、引っ越しそばみたい〜」 と、葵が一人笑う姿を、光は無言で、香はにこやかに笑いながら、食べていた。  ご飯のあと、葵は、 「光〜!下着ベッドに置いといたからね!」 「あっ、新品だから安心して」 と告げると、自分の部屋に戻っていった。  その姿を、光は黙って見送っていた。
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