記憶をなくしても、君を見つけたい

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数日後、利基は一人大学へと行っていた。 希実はというと記憶が都合よく戻るようなこともなく、利基の部屋で待機させ小学生用のワークをやらせているところである。 ―――希実の勉強はどこまで進んだかな。 講義が終わると寄り道することなく帰宅し、鍵を使ってドアを開けようとした。 そこで違和感に気付く。 ―――・・・あれ? ―――鍵がかかっていない。 ―――俺、鍵を閉め忘れたっけ? 当然ドアノブを捻るとドアが開き、疑問を抱きつつ中へと入る。 「ただいまー」 いつもならここで“おかえり”と希実が言いながらパタパタと歩み寄ってくるところだ。 それを楽しみに帰宅しているというのもある。 だが今日に限っては希実の姿はまるで見えず、返事一つなかった。 「おーい。 希実ー?」 部屋は静まり返っていて人のいる気配がない。 玄関をよく見ると希実の靴がなくなっていた。 「希実!?」 慌てて部屋の中を確認するが、予想通り希実の姿はどこにもなかった。 「ッ、どこへ行ったんだよ!!」 希実のスマートフォンに電話をかける。 だがその着信音は部屋の中から聞こえた。 「マジかよ・・・」 スマートフォンは置いたまま外へと出てしまったようだ。 希実はある程度日常生活に関することは憶えた。 ただ外にはまだ一人で出るようなことはなく、そして記憶を失って数日の彼女からすれば外はあまりにも危険だ。 「くそッ!!」 家を飛び出し希実を探すことにした。 だが記憶喪失の希実の行き先が分かるはずもなく途方に暮れてしまう。 ―――どこへ行っちまったんだよ・・・。 ―――希実のお気に入りの場所へ行っても、どうせそこにはいないんだろ・・・? そこで以前連絡先を交換した希実の元カレである里志のことが頭に過る。 ―――まさか連れていったんじゃないだろうな!? 電話をかけると数コールですぐに繋がった。 『利基さん?』 「あぁ、いきなりかけて悪い!」 『別に構いませんよ。 何かありましたか?』 声の調子からしてしらを切っているような感じではなかった。 「単刀直入に言う。 希実がいなくなった! 何か連絡したりしていないか?」 『ッ、いなくなった・・・? でも、残念ながら僕のところには一度たりとも連絡が来たことはないですよ』 「そうか・・・。 スマホも家に置いていったみたいで焦っちまって。 いや、本当にいきなり悪かった」 『いえ。 希実の安否は僕にとっても大事なことですから』 「ありがとう。 じゃあ、俺はもう一度捜・・・」 『ちょっと待ってください!』 「何だ?」 『希実はプライベート用と仕事用で二台のスマホを持っていました。 仕事用のスマホにも連絡してみましたか?』 「いや・・・。 そんなものがあるなんて知らなかった」 里志は希実の仕事用のスマホの連絡先を教えてくれた。 こういったことからも希実との付き合いが長かったのだと分かり、少し悔しい気持ちがした。 同時に改めて希実を諦めるという決断を下した彼の心の強さを賞賛したくなった。 『無事に見つかったら連絡くださいね。 僕も何かあれば連絡しますので』 「分かった、ありがとう!」 それで里志との電話を切り、早速希実の仕事用のスマートフォンに電話をかけようとした。 ―――・・・アイツ、本当にいい奴だよな。 ―――俺を選んだことが少し不思議に思えてくるくらいに。 もし里志と逆の立場だったなら、あれだけ冷静でいられる自信はまるでなかった。 DV彼氏がやってきたと思っていたはずなのに、あの対応は逆立ちしても自分には真似できない。 絶対に二人きりにさせてあげようなんて思えなかったと断言できる。  ―――DV彼氏だと聞かされていて、そこに一人で向かわせるのに俺がどれだけ悩んだか。 ―――何があるか分からなくて、不安で居ても立っても居られなかった。 そして、最終的に彼女を持っていかれてしまうというのに、協力までしてくれるのだ。 ―――感謝してもしきれないって。 心の中で感謝の言葉を並べながら、スマートフォンがかかるのを待つ。 ただどうにもおかしく、着信音がすぐ傍から聞こえてきたのだ。 「・・・利基」 その声に顔を上げた。 目の前には泣いて目が真っ赤に腫れている希実の姿があった。 「希実!! 今までどこに行っていたんだよ!? 勝手に一人で出歩くなって言っただろ!!」 「ごめん・・・」 「ったく心配したんだからな!!」 強く希実を抱き締めた。 「利基・・・。 あの・・・」 「ん、何だ?」 ―――あれ? ―――利基・・・? 今朝大学へ行く前までは“くん”付けだったはずだ。 久々に呼び捨てで呼ばれたような気がして一度離れて希実を見た。 「・・・私、思い出したの」 「・・・何をだ?」 「全てを。 利基のことや里志のことやお母さんのことまで」 「ッ・・・! どうやって思い出したんだ!?」 「私のバッグの中がずっと震えていたの。 震えていた原因はスマートフォンだった」 「誰かから連絡が来ていたのか?」 「そう」 「誰から?」 「お店から」 「店?」 「うん。 ブランド物のアクセサリ店から」 「どうしてそんなところから・・・」 意味が分からず尋ねかける。 「気になって電話に出てみたら『予約した日付から日が経っていますが、どうなさいましたか?』って言われた」 「・・・ッ」 「私、利基の誕生日に利基が似合いそうなブレスレットをプレゼントしようとしたの。 でも在庫がないって言われて聞いたら商品が届くのは利基の誕生日当日です、って。  だから誕生日当日の夜に一緒にお店まで行って直接利基に渡そうと思っていたの」 そうして今その店へと行って商品を取ってきたそうだ。 だが利基はまだ納得いっていない。 「そこからどうして記憶が戻るに繋がったんだ・・・?」 「予約していたブレスレットの値段を見てまず驚いた。 それにとても温かいメッセージカードも一緒に付いていたの」 「メッセージカード・・・」 「それは自分の字で私が利基宛に書いたものだとすぐに分かった。 ここまでして私には愛していた人がいたんだって。 それが分かったら自然と全てを思い出したの」 「・・・ッ!」 利基は言葉が出なかった。 だがようやく出た言葉は嬉しさではなく希実を心配する言葉だった。 「母親は? 母親のことはどう思ったんだ?」 母親のことを思い出すと、また希実の心に負担がかかるかもしれなかった。 尋ねると希実は切なそうに笑った。 「・・・思い出して連絡をしたら、今は遠いところにいるって言われちゃった。 でもこれでもう怖いものはなくなったの」 そこまで言うと希実は一歩利基に近付いた。 「・・・こんな私でも利基は好きでいてくれますか?」 「・・・あぁ。 もちろんだよ」 そう言うと希実は嬉しそうに笑って小さな白い箱を渡してきた。 「当日に祝えなくて残念だったな。 お誕生日おめでとう、利基。 今までもこれからもよろしくね」                               -END-
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