記憶をなくしても、君を見つけたい

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急いでいる時に限って信号で待たされ、イライラが募っていくもの。 車で30分とは聞いていたが、行き先の正確な場所が分からず実際には40分の時間が経過していた。 辿り着いた先はアパートの一室、希実は律義に部屋の番号まで教えてくれていたから迷うこともなかった。 二階へと駆け上がりチャイムを鳴らし彼が出てくるのを待った。 「・・・どちら様ですか?」 出てきたのはDV彼氏にはどこかひ弱そうな一人の青年だった。  ―――コイツがDV彼氏か? ―――普段は大人しいとは言っていたが、それでも・・・。 「希実は来ているか?」 「先に僕の質問に答えてください」 「話で聞いていると思うけど、これから希実と付き合わせてもらおうと思っている利基だ」 「貴方が・・・?」 初対面のはずなのに、首を傾げたことが気にかかった。 希実から何か聞いていたのかもしれない。 「アンタの名前は?」 「里志(サトシ)です」 「里志か。 で? 希実はどこにいる?」 話していると部屋の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「だぁれぇー?」 聞き覚えのある、と思ったのは、希実であると確信を持てなかったからだ。 いつもの話し方ではなく、まるで幼子のようだった。 ただ声だけは明らかに希実である。 「希実・・・? 希実ッ!!」 里志を押し退け部屋の奥を見ると希実は床にぺたりと座り込んでいた。 その様子が不可解だった。 困っていて助けを求めていたわけでもなさそうで、利基がやってきて嬉しそうというわけでもない。 「ちょっと! 勝手に入らないでくださいよ」 「とりあえず希実を解放しろ!!」 「解放? 何を言っているんですか。 希実が自ら僕の家へ来たというのに」 「それは別れ話をするためだろ!?」 「ねぇ、里志くん。 誰と話しているの?」 「・・・は?」 希実から利基が見えていないというわけではない。 彼女の瞳は自分に向けられている。 その上で利基ではなくDV彼氏である里志に、誰かと尋ねているのだ。 「・・・いや、何の冗談だよ。 俺だよ、利基だよ!」 「・・・としき?」 どうやら本当に利基のことが分かっていないらしい。 まるで希実の記憶が飛んでいるようである。 咄嗟に里志の胸倉を掴み上げた。 「おい、お前!! 希実に何をした!?」 「別に何もしていませんよ」 「じゃあこれは何の冗談だよ! おい、希実!! お前はここへ何をしに来た!?」 「んー・・・? 里志くんに会うため?」 「そうだ! 今お前とコイツの関係は一体何だ!?」 「恋人同士って聞いた!」 「・・・ッ、聞いた?」 笑顔で答える希実を見て、やはりどこかおかしいことに気付いた。 ゆっくりと里志を睨み付ける。 「おい・・・。 お前、希実の記憶を消したのか?」 「記憶を消した? どうやって消したというんですか?」 「そんなもん知るかよ! じゃないとこの状況の説明ができないだろ!!」 「それは僕が聞きたいですね。 寧ろ貴方が希実に何かしたんじゃないですか?」 「俺は何もしていねぇ。 お前がアイツの記憶を消して自分が善人の彼氏だと思い込ませたんだろ!?」 「・・・何ですか、それ」 「はぐらかすっていうことは肯定という意味だな。 悪いけど希実を返してもらうぞ」 「いや、ちょっと・・・!」 利基は問答無用で里志の部屋に入り希実を立ち上がらせた。 「利基くん? どうしたの?」 「話は後だ。 行くぞ!」 「ちょっと待ってください!」 部屋から出ようとしたところで当然のように里志に止められた。 今は大人しい状態なのか、腕を掴む手が震えていた。 ―――小心者こそ弱い者に強く当たるって聞いたことがある。 ―――コイツは希実を弱者と決め、暴力を振っていたというのか!? 自然と拳を握り締めてしまう。 しかし暴力を振っては元も子もない。 「確かに今の希実は記憶を失っています。 だとしたら僕たちの立場は今フラットということではありませんか?」 「・・・どういうことだ?」 「希実に答えを聞くんですよ。 僕たちのどちらを選ぶのか」 「・・・」 確かに一番優先させるのは希実の気持ちだ。 だから希実が里志と別れたいというため利基は協力しようとした。 だが今記憶を失っているのなら希実の意見を尊重するためにも自分勝手な行動はできない。 里志は希実を見て言った。 「僕と君は今付き合っている恋人同士だ。 そして君と彼はこれから付き合おうとしている関係だ。 希実はどちらを選ぶ?」 「うん・・・?」 希実はよく分からないといったように首を傾げていた。 それを見た利基が言う。 「少し俺に時間をくれないか?」 「どうしてですか?」 「お前はコイツの記憶がない状態でしばらく一緒にいたんだろ? だったら俺とコイツの二人きりの時間をくれるのが公平ってもんじゃないのか?  記憶を失ってすぐがフラットなら、今の状況は全然フラットじゃないからな」 しばらく里志はジッと利基を見つめていた。 何かを怪しんでいるのか不審な目で全身をくまなく観察してくる。 「・・・まぁ、そうですね。 分かりました。 でも希実に何かをしたら許しませんからね?」 「アンタにだけは絶対に言われたくない台詞だな。 希実、行こう」 「では二時間後にここから東にあるパミマの駐車場で」 「・・・分かった」 こうして利基と希実はこの場を後にした。 ―――どうして記憶を失っているのかは分からないけど、この二時間で記憶を呼び戻せばいいんだろ? ―――そんなの簡単なことじゃないか。 だが現実はそう甘いはずがなかった。
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