記憶をなくしても、君を見つけたい

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利基にとって希実との時間はかけがえのないものだった。 他愛のないことで笑い共感し、時には涙を流したこともある。 そのため必ず心のどこかに記憶の欠片は残っているはずだと信じていて、些細なことで取り戻せるのだと思っていたのだ。 ただだからこそ、何をすればいいのかあまりよく分からない。 とりあえず里志のいる場所からは離れようと車まで戻ってきた。 「なぁに、これ?」 希実は車が何かすら分からないようだった。 里志の家へ行く時に乗っているはずなのに、自分の車すら分からなくなってしまっているのかもしれない。 ―――人の記憶だけでなく物の名前まで忘れたのか? 「移動するためのものだよ。 つか本当に希実は記憶が飛んでんのか?」 「うん?」 希実が首を傾げる様子は演技しているようには見えなかった。 ―――まぁおそらく、アイツが希実に何かをしたんだろう。 ―――希実がここまでする意味があるとは思えないし、そもそも何のためにそうしているのか分からない。 ―――記憶がないというのは本当なんだろうな。 「とにかく乗ってくれるか? 安全に運転するし、色々な場所へ連れていってあげるから」 「色々な場所?」 「あぁ・・・」 記憶がないためかオウム返しのようなやり取りが多くなっている。 以前の希実ではなかったことのため、それが少し寂しかった。 とりあえず希実を乗せると二人の思い出がある場所へと適当に出かけてみた。 といっても、時間制限があるためそれも他愛のない場所となる。 「見て見て利基くん! なぁにあれ!」 「あれはソフトクリームだよ」 「変な形してる!」 「食ってみるか?」 「食ってみる? 何それ?」 ―――・・・希実は物だけじゃなく生きるために必要なことも全て忘れているのか。 ―――都合よく大切なものだけが思い出せないとか、そういうものじゃない。 ―――もしこのことを希実の両親が知ったらどうするつもりなんだよ。 ―――アイツは何も後先考えずにこんなことをしたのか? ―――・・・まるで小さい子を相手にしているようなんだよな。 ―――見た目は希実のままなのに。 ただ表情は記憶がないことを反映しているのか、どこか幼く見えるような気がした。 そして、とても弱々しくも思えた。 硬貨を握り締めると、屋台に並びソフトクリームを買ってやった。 希実の好きだったはずの抹茶味だ。 「キンキンする!」 「それを冷たいっていうんだよ」 「冷たい!」 「抹茶は苦くはないか?」 「苦いって?」 ―――五感までも分からないのか・・・。 ―――これは一から教えるのが大変そうだな。 ―――でも苦いような素振りは一切見せないし、味覚は大人のままなのかも。 美味しそうに頬張る希実を見て思う。 ―――もしこのまま希実の記憶が戻らなかったらどうする? ―――・・・それでも俺はきっと希実を愛することができるだろうな。 ―――どうしてかは分からないけど、何となくそう思える。 「ねぇ、利基くん」 「ん?」 「私、利基くんの家へ行ってみたい!」 その言葉に少し躊躇いが過った。 「・・・どうしてだ?」 「よく分からないけど、私この後二人のどちらかを選ばないといけないんでしょ?」 「・・・あぁ。 そうだな」 「だから少しでも利基くんのことを感じられる場所へ行ってみたいの!」 正直あまり連れて行きたくはなかったが、希実の言うことならと思い連れていくことにした。 ―――希実は名前も住所も忘れていたらしいけど、それは全てアイツに教えてもらったようだな。 ―――その情報は全て正しかった。 ―――こんなに記憶が空っぽになるまでコイツを自分のものにしたかったのか? ―――自分はDV彼氏だったということを隠して。 それが身震いしそうになるくらい不快だった。 だから移動中希実に現実を話してみることにした。 「里志くんが私に暴力を振るう?」 「あぁ。 憶えていないだろうけどそうなんだ。 袖を捲って見てみろよ」 それに従い希実は袖を捲り上げた。 薄くなってはいるが青い痣が確かにそこにある。 「その痕は全てアイツが付けたものだ。 最近は俺と一緒にいることが多くなったから、暴力は振るわれなくなったみたいだけどな」 「暴力って?」 「殴ったり蹴ったり、直接痛い目に遭わすことだ」 「・・・」 「これでも思い出せないか?」 希実は腕を見つめ小さく頷くだけだった。 利基の自宅へと着くと早速希実を上がらせる。 今朝まで希実と一緒にいた空間であるが、慣れた様子はない。 「この部屋に憶えは?」 「・・・ない」 「・・・そうか」 希実は丁寧に品定めするように利基の部屋を見て回り始めた。 ―――・・・ここへ来ても希実にとっては何の収穫もないだろうな。 思っていた通りに希実からは何も感想はなく、帰りの時間を考えると時間もないため里志との待ち合わせ場所へと向かうこととなった。
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