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パミマの駐車場に車を着けると、既に来て待っている里志が目に入った。 コンビニの中に入ることもなく、入り口付近に立つこともなく、邪魔になることのない駐車場の角地である。
―――DV彼氏にしてはちゃんとしている人だな。
―――内弁慶なタイプなのか・・・?
車を降り希実と一緒に彼のもとまで行くと、里志は希実の全身を眺め僅かに表情を緩めた。
「不安でしたがちゃんと時間通りに来ましたね」
「当たり前だ」
利基の時間には1秒たりとも遅れていない。 単純に里志が時間より早く待っていただけのことだ。
「それで希実。 どっちの男を選ぶ?」
記憶を失い全く知らない二人に言い寄られている。 しかも二択を選ばないといけないと思うと可哀想な気もした。
―――正直俺には一切手応えがなかった。
―――だからコイツを選ぶ可能性もあるけど・・・。
そして想像通り希実は一歩里志のもとへと歩み寄った。 それが彼女の選択である。
「希実・・・。 どうしてその男を選ぶことにしたんだ?」
利基は我慢できずに尋ねた。 希実は利基の方を向いて言う。
「目に見える思い出の数。 里志くんの家にはたくさんの私との写真やモノが置いてあった。 ・・・でも利基くんの家にはそれがなかったから」
―――・・・だからウチには来させたくなかったんだ。
―――しっかり今の彼氏と別れてから思い出を作っていきたい、という希実の希望を聞いた結果だ。
―――それでも昨日までなら俺の家にも希実がいた痕跡はいくつもあった。
―――だけどそれは今朝、希実がバッグに入れて持っていってしまったじゃないか・・・ッ!
だがそのようなことを言っても言い訳にしかならないため飲み込んだ。 希実が持っていったバッグはどこかにあるだろうが、それが利基の家から持ち出したものだと証明することはできない。
利基の家へ行き空虚な状態を見られた時、希実の寂しそうな横顔を見て答えは大体分かっていた。
「じゃあ、その腕の痣はどう説明をつけるんだ?」
「この痣は誰から受けたものなのか分からない。 利基くんは里志くんがやったって言ったけど、それは嘘で利基くんがやったのかもしれない」
「・・・」
「では、これで決まりですね」
里志は希実の肩を抱き一緒にこの場を離れていった。 利基はそれを追いかけることができなかった。 いや、しなかったという方が正しい。
―――・・・希実は俺よりもアイツを選んだ、か。
―――もし本当にアイツに気持ちが傾いているなら俺は横取りなんてしない。
―――希実の幸せを一番に考えたいから。
―――だけど今回ばかりは放っておけないんだ。
ただ利基は今自分がするべきことを粛々と執り行おうと思っただけだ。 自宅へ帰ると法学部に在籍する友人に連絡を入れる。
―――希実の恋愛事情には極力突っ込みたくない。
―――だけど本当にDVしているなら話は別だ!!
親友とまではいかないが高校からの付き合いがありそれなりに仲がいい。 電話を繋ぎ事情を話すとその友人は力になってくれると言った。
『・・・なるほど。 それは放ってはおけないな』
「だろ!?」
『ただ記憶に関してのことは専門外だし分からない。 事例として証拠がない状態で被害者が憶えていないっていうのは、結構面倒なことになるのが多いんだ』
「そうなのか・・・」
手は貸してくれるがどこまでやれるのか分からないと友人は言う。 ただ色々と調べてくれるそうだ。
―――前向きに協力してくれるのは有難い。
―――でもその間にまた暴行を受けていたらどうしようか。
―――俺が割って入ってもいいけど、希実からしたら信頼できない男に無理に引き剥がされているのと同じなんだよな・・・。
里志のことも気になるがそれ以上に今は気になることがあった。
『また何か分かったら連絡する』
「あぁ、ありがとう」
友人と会話を終えると今度は医療系で脳について詳しい友人に電話をかけた。
『おー、利基か? 今日誕生日だよな。 おめでとー』
「あぁ、ありがとう。 ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『何だ?』
「薬とかで記憶喪失になることって有り得るのか?」
『そんなのは聞いたことがないけどな。 もしそんな薬があるなら犯罪とかに使われて絶対大問題になっていると思うぞ』
「まぁ、そうだよな・・・。 じゃあ記憶喪失になるとしたらどんな時になる?」
『事故とかによる脳の損傷で記憶障害を起こすことは多々ある。 そんなに重く考えなくとも頭を打った衝撃で記憶が消えることもあったりするな』
「へぇ・・・」
『深酒した翌日。 前日の記憶がないなんてよく聞くだろ? もちろんどんなに酒を飲んでも記憶を失わない人もいる。 その差は憶えた記憶を引き出す能力の違いなんだ』
―――希実は昨日確かにお酒を飲んだけど缶チューハイ一本だけだ。
―――ということは事故?
―――でも見た感じ顔や頭とかに外傷はなかった。
「事故以外で記憶喪失になるとしたら?」
『俺の専門外になるけど、それ以外だと心の問題とかもあるのかもしれない。 前触れなく記憶を失う時は心が壊れる寸前っていうのは聞いたことがあるな』
「心が壊れる寸前・・・」
『そう。 記憶を失ったりする理由は人格を保護するため。 心が壊れてからでは保護するべき人格が存在しなくなるからな』
―――じゃあ、心の問題か・・・?
―――俺の前では平気そうにしていたけど、気丈な希実でも平気なはずがなかったんだ・・・ッ!
「ありがとな! 色々教えてくれて!!」
『お、おう?』
礼を言って通話を切った。 思い浮かぶのは当然里志のことだ。
―――もし心の問題だとしたら、これ以上アイツのもとにいさせるのは危険だ。
―――でもそうなると記憶を失ったのはアイツの仕業ではなかったということか?
―――・・・まぁ、多少疑っちまうのは仕方がないよな。
再び利基は里志の家へと向かうことに決めた。
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