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外注先とのトラブルで1週間は瞬く間に過ぎていった。
マメトコやハナちゃんの事を思い出したり、文也に連絡を取ったりとしていたけれど、日々仕事に追われていくうちに自分の事は疎かになっていく。
漸く全て解決したのは土曜日の夜だった。休みを返上したグループの中には勿論のこと僕もいて、課長に挨拶してから定時で帰ることになった。
定時で帰るなんていつぶりだろう?
入社したばかりの頃は当然のように定時だったのが、今では残業が当たり前の毎日にこの時間での帰りは感動すら覚える。
そもそも休みで定時まで働いたから感動なんてしなくていいのだけど。
寒空の下を荷物を持って歩き、自宅に着いてすぐにシャワーを浴びてから1週間分の洗濯する。
最近になってうるさい洗濯機は水を余計に使うらしく、今度購入する際は節水のものにしようなんてスマホで洗濯機を見たり。
あまり食べないから痩せてしまった体を鏡に映し、今度から牛丼大盛り食べるようにしようと決意したり。
夜の20時を過ぎて漸く家を出た。誠司さんの店へと向い、期待している素振りを見せないようにって何度も自分に言い聞かせて。
でももしも本当にこの先があったら自分はどうなるんだろう?
片想いのまま抱かれるって安易でとても危うい選択だとは思う。
階段を降りて聞こえてくるジャズに深呼吸する。もしかしたら土曜日の夜はカウンターには座れないかも。
でも、早く会いたい。
扉を開ければ青い照明が溢れてくる。
大きく開けて店に一歩入れば、そこはもう秘め事を守る空間。
案の定カウンターは全て埋まっていた。仕方なく周りを見れば一人で来ている客はいてもバーの相席なんてごめんだった。
そんな中、誠司さんから近付いて来てくれた。会いたかった人は僕に近づきいつもの優しい笑みを浮かべる。
「やっと来たね、陸」
「あ、あの…….こんばんは」
「待ってたんだよ、ずっと。嫌われたかと思った」
「嫌うなんてそんな……絶対ないです」
トレーを小脇に挟んで誠司さんは僕を見詰め、その視線がとても優しくて自然と微笑んだ。
「今ご覧の通りいっぱいいてね、俺の友達を紹介するよ」
「友達?」
「いい奴だから気に入ると思うよ。……ただし、」
「え?」
誠司さんは僕の耳に唇を近付ける。
「喰われないようにね」
そっと囁きを落としてクスッと笑う。喰われるなんて有り得ないと思いながらも、誠司さんから友達と言われるその人に会ってみたいとも思った。
「どうぞ」
頷いて誠司さんの後に続くと、長い脚を組んで椅子に座る男が目に入った。
男は僕の方を見て、眉間に深い皺を寄せる。
「相席を頼むよ、芹澤。彼は広野陸くん。陸くん、コイツは芹澤 直人」
芹澤直人は誠司さんの顔を見て僕を見ると、片眉を上げていつもの無愛想面でグラスを空にした。
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