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誠司さんが気を利かせてくれたらしく、相席になった僕たちのテーブルにソーセージの盛り合わせが置かれた。僕も無愛想な芹澤さんも口に運ぶことはないまま冷めてしまっている。
もう会うこともないと思っていた男に話すこともなくて、出されたアペロールスプリッツをジュースみたいに飲んだ。
芹澤さんは、黒のコートにワインレッドのタートルネックセーターを着ていて、黒いスリムなチノパンはやたらと脚が長く見えて嫌味ったらしかった。
「……ハナちゃんは元気ですか?」
沈黙に耐えられなくなったのはやっぱり僕の方だ。
「あー」
「マメトコは?」
「ハァ……」
そしてこの、次に繋がらない無愛想。
「誠司さんとはいつから知り合いなんですか?」
「そんな事を聞いてどうする」
どうしてあんな素敵な人がこんな男と友達なんだろうか。しかも「喰われないように」なんて誠司さんは言っていたけれど結婚して子供までいるじゃないか。
「さっき誠司さんに言われたんですけど、喰われないようにって」
「あ?」
「そういう趣味があるんですか?子供までいるのに」
嫌な言い方をしているし自分の事を棚に上げてという自覚もあった。毎度嫌味で返されていたから、このくらいはどうって事ないと思って。
「お前の何処に喰えるとこがあるんだ?」
でも相手は僕より遥か上。僕の顔をじっと見つめ、痛い所を突いてくる芹澤さんは頬杖をついて目を細める。
「誠司にでも抱かれて鳴いとけ」
その低い声に頭に血が上りカッとなる。本当ならアペロールをそのままぶっ掛けてやりたいところだ。
でも、僕が誠司さんを好きだとバレたことに愕然ともする。あの短時間に何を思い、何を見てそう思ったのか、言ってもいない性指向を言い当てられた事が怖かった。
「へー、自分を恥じてるんだ?」
それをもバレてしまい、芹澤さんの言葉の刃は興味がそこに混じる。
「……芹澤さんは……恥ずかしくないんですか」
「は?どうやって生きてきたんだよ」
喉仏を上下させてダークラムを飲む姿を見詰め、僕は今までどうやって生きてきたのかなって。思い出したくても脳が拒否するみたいに、過去は朧げになる。
「芹澤さんのように強い人ばかりじゃないです」
「俺が強いって?」
「わかりますよ、そのくらい」
「凄いね、見ただけで全部わかるんだ?ただ者じゃないね」
何を言っても言い返してくる。負けたくなくてもはなっから人をバカにしてる人には勝てない。
「気持ちはわかるよ」
「え?」
予想外の言葉も返ってきた。気持ちはわかるなんてこの人の口から聞くとは思わなかった。
先を待っていると芹澤さんはあの僕にしか向けない冷めた目を向けてくる。
「男も女も関係ない、それだけだろ」
吐き捨てるような言い方。
でも、少しだけ心が温かくもなった。
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