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少し打ち解けた気がしたのも束の間、また僕たちは黙り込んだまま。
カウンターの席が一気に空席となって、誠司さんの手招きで芹澤さんと僕はテーブルから移動した。
「ごめんね、少しは仲良くなった?」
「仲良く?ふざけるな」
誠司さんはそんな芹澤さんにただ笑うだけ、ダークラムのロックを芹澤さんの前に置き、僕の前にはアペロールスプリッツを置いてくれる。
「この前話した動物病院の先生なんです」
「え?じゃあ元々知り合いだったの?話も弾んだでしょ?」
「全然」
今度は僕の返事に誠司さんが笑う。芹澤さんは興味なさそうにスマホを弄っててその態度にもイラッとした。
「そんなんじゃ奥さんも可哀想ですね」
「陸くん」
「え?」
誠司さんに顔を向けたら真面目な顔で首を左右に振る。
「死んだよ、ハナが生まれてすぐに」
「え…………ごめんなさい」
僕の方を見もせず芹澤さんはそう話す。失礼極まりない自分の発言にどうしたらいいか分からず、謝罪してもスマホを弄ってて見向きもしない。
「それより、文也くんは元気?」
誠司さんが話題を変えてくれたお陰で何とかまた顔を上げ、芹澤さんはスマホを持ったままで誠司さんに視線を向ける。
「元気みたいです。ただ仕事が忙しいみたいで」
「そっか。大変だね、みんな」
芹澤さんは誠司さんをジッと見つめ、また興味を失ったらしくスマホを弄り始める。
暫くはマメトコの話や花ちゃんの話を聞いて誠司さんと僕だけ話は弾んだ。
ハナちゃんは花と書くらしく、亡くなった奥さんとそっくりだとも教えてくれた。
それに芹澤さんがこの店に通うようになったのは5年前からで、何となく2人はよく話すようになったと。
途中で芹澤さんは誠司さんと笑顔で話し、相変わらず僕には真顔で接してきた。
ただのイジメだなと落ち込み始めると誠司さんがフォローしてくれて、誠司さんと芹澤さんの格の違いにますます誠司さんを好きになった。
「そろそろ帰る」
芹澤さんのその一言で自然と心拍数が上がった。
やっと誠司さんと2人きりになれる、邪魔だとは思わないけどこうも態度が違うと地味に傷付く。
嫌味ったらしい芹澤さんは会計を済ませ、誠司さんはちょっと待ってろと奥へ引っ込んでいく。そして無愛想は目を合わせず黙って座ったままの僕を見下ろし、ゆっくりと近付いてくる。
「な、なんですか」
綺麗な切れ長の目が目の前まで迫り、その迫力に思わず顔を逸らせば唇が僕の耳元に近付いてきた。
「俺が帰るからってニヤニヤしてんじゃねーよ。このスケベ野郎」
「ッ!はぁ?」
どうもこうもこの男と一緒に居ると僕はいつもの調子じゃなくなる。
会ってまだ間もない男なのに、自分でも知らない『自分』が狂ったように出てくる。
文句の一つでも言ってやろうとキッと睨み付けると、芹澤さんは初めて僕に対し笑顔を向けてきた。
それは、とても魅力的な笑顔だった。
「アイツに遊ばれんなよ」
呆気に取られた僕にそれだけを残し、誠司さんが何か袋を持ってきて「花ちゃんに」って。
それを受け取りすぐに出ていく芹澤さんは、もう振り返ることはなかった。
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