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それから2人で映画を観に行くことになって、巨大なスクリーンに映し出される映像よりもやっぱり隣が気になる。ずっと握られていた手が誠司さんの手なんだって思うと内容なんて少しも頭に入ってこない。
ドキドキしっぱなしの一日は映画館を出るとすぐに終わりを迎える。
楽しい時間って終わるのがとても早い。
「連絡先まだ交換してないよね?」
「まだですね」
「交換しようよ」
「はい!」
連絡先も知らないまま重なったんだ。
連絡先を交換したらまた会えるんだろうか?そんな事ばかり考えて期待する自分がいる。
「一緒に居られる時に……」
「……はい」
「連絡するから、お店においで」
「……はい……行きます」
もしかしたらもう連絡なんて来ないのかもしれない。
もしかしたら、もうお店にだって行けないのかも。
これだってただの社交辞令のひとつみたいなものかも。
「またね、陸」
「ありがとうございました」
笑顔で手を振った誠司さんはすぐ後ろ姿になって、もう振り返ることはなかった。
きっと僕がこうして見えなくなるまで見送っていたことも、彼は知らない。
夢みたいな昨日と違って当たり前の毎日を迎えると、いつもと違う事が起き始める。
仕事中はスマホを確認する余裕も無かったはずなのに、今は確認しては落胆するを繰り返していた。
誠司さんから連絡が来ればまた一緒に居られる。また抱いてもらえるかもしれない、あんな風に。
休憩時間になればちゃんと食事をしてそのまま押し付けられた仕事をすればギリギリ1時間の残業で済む。
出来るだけ早く、早く、早く、もしかしたら呼ばれるかもしれない。
また会ってもらえるかもしれない。
何度も何度も何度も確認しては落胆して、でも早く終わらせようと必死に努力して。
昨日の今日だから無理か、そう思うのに、頭ではちゃんと分かってるのに。
胸の奥にしまった想いが溢れてきてしまう。
『もしかしたら』があるんじゃないかって、あんなに笑顔を見せてくれたんだからあるんじゃないかって。
結局何の連絡も無いまま予定通り1時間の残業で切り上げ、食事だけはちゃんと食べなきゃと牛丼の大盛りを食べた。
味なんて少しもしない、視線は常にスマホに向けられたまま。自分でも嫌になるくらいスマホに向けられたまま。
牛丼屋を出てもポケットにしまったスマホを指先でずっと弄くり回してた。
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