咲いて、

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そんな日々を過ごしていくと夢だったのかと思えてくる。やっぱり夢で、それが終わったのを認めたくないだけなんじゃないかって。 躍起になって仕事を終わらせていた毎日がバカ臭くも思えてくる。 会いたい、その一心でやっても何にも報われない日々はとてつも長くて辛いだけ。 そのくせに食事だけはちゃんと食べるようになってた。言い付けを守る子供みたいに、少し太らなきゃって。 連絡があって会えたら誠司さんのあの笑顔がまた見られるかもしれない、少しふっくらしたと言ってもらえるかもしれないって。 矛盾だらけだと思うのに自分じゃどうしようもなく心の底から止めどなく湧き出てくる。 会いたい、会いたい、そればっかりが。 文也からの誘いを断り、ただひたすら誠司さんを待つ日々だった。 誰とも話さないで帰る日もあるくらいで、そう言えば文也と会う前もこうだったなんて思い出したりする。 待っても来ない、でも一度芽生えたものは、簡単には枯れてくれない。 仕方ないんだ、片想いなんて慣れていただろってそう自分に何度も言い聞かせた。 いつもの牛丼屋で大盛りを食べて帰路に着くと、交差点の真ん中でスマホがLINEを受け取る音を鳴らした。 すぐに確認したら文也からのもの。 やっぱり誠司さんじゃない、そう落胆した時だった。 「道路の真ん中で何をやってるんだ」 「え?」 振り向けばあの冷たい目が僕を見下ろしていた。 無愛想で、でも花ちゃんの父親でありマメトコの飼い主でもある男。 「危ないとか思わないんだ?、なのにねー?花」 「ねー、メッ!」 背負われた花ちゃんまでも今日はマシュマロを膨らませて怒って見せてくる。確かに、そう思って道路を渡り切ると芹澤さんは僕の真後ろにいた。 「道の真ん中で誠司から連絡きたと舞い上がったんだろ」 「なっ!」 「顔に出てる」 「そんな事ないです!」 「そんなに会いたいなら飲みに行けばいいだろ。ねー花?」 「ねー」 芹澤さんは以前よりも口調が柔らかくなってて、よく話すようになったのは気のせいなんかじゃない気がする。 「違うって言ってるのに」 「遊ばれて悲しくなってんじゃないの」 「だから違うって!」 「図星か」 「遊ばれてない!」 この人は口数が多くなればこうやって人を怒らせる事ばかりを言う。それならば最初みたいに必要最低限の話だけで十分だったのに。 「アイツに遊ばれんなよ」 以前にも言われたその言葉は面白がってるみたいに聞こえて、この男は好きじゃないって心底思う。 「誠司さんはそんな人じゃない!」 本気で言ってるんだ。 本気で。    
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