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「今日は泊まれる?」
ボリュームを下げた声色がやけに色っぽく、僕は頷くと誠司さんは花が綻ぶように微笑んだ。その表情が胸を締め付けてきて、明日の仕事なんてどうでも良くなってしまって。
当然のように出してくれるアペロールスプリッツを飲めば、久しぶりの爽やかさに疲れも吹っ飛んでいく。
「最近ずっと忙しくて、老体には結構キツイものがあったよ」
「老体なんてそんな、誠司さんまだまだじゃないですか」
「陸は優しいね」
「本当の事言ってるだけです」
クスクス笑いながらいつもと同じように時間は流れ、周りに誰もいなくなるとカウンターに立っていた誠司さんは僕の隣に座った。
「そう言えば、誠司さんて何歳なんですか?」
「32歳。芹澤も同じだよ」
「へー」
あの男も32歳、それに反応して見せない僕に誠司さんはまた笑う。
「苦手なんだ?芹澤のこと」
「苦手っていうか……怖いって言うか……嫌い?」
「はは、芹澤は自分に正直なだけだよ」
自分に正直なだけってのがまたムカッとするポイントではあるんだけど。
「奥さんの夏美ちゃんか死んだ時なんて見てられなかったなー。
花ちゃんいなかったら追いかけてたんじゃないかな」
「あの人が?」
「そう、あの人が」
またクスクス笑う誠司さん。人は見た目によらないものだ。芹澤さんを思い浮かべると取り乱すタイプには見えない。
どちらにしても僕にはどうでもいい事だけれど。
「たまに酒飲みに来るだけ。アイツは遊ばないからさ」
その言葉に僕が思い出したのは正反対の台詞。「アイツに遊ばれんなよ」あの人から聞いたそれは口に出すことも出来ず、アペロールと共に体の奥底に沈めた。
店を閉めた後、誠司さんと僕は手を繋いだままでタクシーを拾って誠司さんの家に向かう。
文也が以前言ったようにお酒に酔った感じもなくて、やっぱり飲み慣れるとアルコールって強くなるのかなって。
握られている手はいつまでも温まらなくて心配されて、ずっと誠司さんの手の中に収まったままだ。
マンションに着くともう周りを気にする自分もいなくって、部屋に入ると生活感の無いリビングに座る。
誠司さんはすぐに僕の頬にキスして、待ちに待った彼の香りにクラクラした。
「会いたかったよ、陸。連絡遅くなってしまってごめんね」
「大丈夫です……僕も、会いたかった……」
本当に会いたかった。ずっと誠司さんのことだけを考えて過ごしてきた。
誠司さんは満足そうで僕の頬を撫で、唇が重なるともう何もいらないって思えた。
舌が唇を舐め、それを合図に開けば誠司さんの熱い舌が口内に入ってくる。
蕩けてしまう、全身が熱くなる、恥ずかしいほどの自分の反応に誠司さんは薄目を開けて楽しんでいる。
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