枯れ落ちる

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柔らかな頬が離れていくとまた袖で涙を拭いて、パパは悪くないんだよってちゃんと花ちゃんに伝えてみる。 まだちゃんと話せないのに言葉は何となく理解出来るみたいで、少し不安そうな顔をしながらまたギュッて抱きしめてくれた。 「花ちゃん、ありがとね」 この子の前で泣く自分を許せなくて、それから暫くは花ちゃんとお絵描きをして楽しんだ。途中で芹澤さんがカフェオレを持ってきてくれて、興味津々の花ちゃんにはお揃いのカップに子供用の麦茶が注がれる。当然のように同じだと思っている花ちゃんは喜びながら両手を使って麦茶を飲んだ。 8時を過ぎると芹澤さんは騒ぎ始め、花ちゃんの寝る準備が始まった。 遊んだおもちゃを箱に片付けて、マメトコのおもちゃも専用の箱にどんどん入れていく。その手際の良さは何処からどう見ても一人前のパパで、こんな風に生活しているんだと感心する。 優しい花ちゃんを僕は抱っこしてソファに座ったままで芹澤さんを見ていたのだが、一人でここまでやって獣医をやっているのは文句無しに凄い。 全て綺麗に片付け終わるとマメトコと花ちゃんはまた両脇に抱えられ、待ってろとだけ言われてリビングに一人になった。 「ふぅ……」 静かなリビング、生活感溢れた室内は芹澤さんのイメージとは違って可愛いものばかりだ。 奥さんが亡くなった時に彼は追いかけるんじゃないか、そう危惧していた誠司さんの言葉を思い出す。 この環境を見ているとそれも頷けるような気がする。 最初は偏屈で無愛想な男だと思っていたけど、実際に僕がこうしてリビングに座っているのは芹澤さんが受け入れてくれたからだ。 見た目だけじゃわからないものだな、なんて思うのもおこがましい事だけれど。 音がするとリビングに寝かしつけた芹澤さんが入ってきた。 「泣いてるかと思ったんだけど、なんだ意外」 「意外……ですよね」 「大丈夫か?」 「花ちゃんとマメトコのお陰ですかね」 芹澤さんはダイニングキッチンの向こうで何かをしていて、たまにこちらを見ながら話しをする。 「それで、その文也ってのと話したの」 「いえ、話すって……何を話せばいいんでしょう」 「誠司の事だろ」 そんな簡単じゃないのに。 でも芹澤さんは当然のようにそう言ってキッチンから出てくると僕にレモンの輪切りが浮かんだハイボールをくれた。 「文也が誠司さんを好きで、誠司さんも文也のことが好きで。僕が誠司さんと関係があったら……」 「そんなもの文也って奴と誠司の問題だろ」 「それは、そうですけど……」 「誠司は自分に正直な男だよ。関係ない人間からすれば別にどうでもいい男だけど、関係ある人間から見れば……まぁ、クズだよな」 「自分に正直か……そう言えば誠司さんも芹澤さんのことそう言ってた」 自分に正直、それって僕には縁遠い言葉だ。 隠して誰にも何も言われないように生きてきた僕には、正直なんて少しも無いと断言できる。  
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