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お風呂を終わらせて夕飯も食べずにボーッとテレビを観ていたら、ドアをノックする音が激しい雨の音の中で微かに聞こえた気がした。でも最初は自分の家じゃないと。
キッチンの横にある玄関のドアを見て、何の反応もなくて、また視線は見もしないテレビに向ける。
でも今度はさっきよりも強くドアをノックする音が聞こえ、インターフォンが壊れたのかと体を起こし、ドアスコープで確認もせずにドアを大きく開けた。
「──ッ!」
「ごめん……突然……あの、……今いい?」
文也の顔を見て、今までと違う表情が、とても嫌だった。
文也は出会った時から華やかだった。ヘーゼルアイが印象的で、色素の薄い髪も染めた人とは違ってて。おしゃれで、男にも女にも人気があって友達もたくさんいて。
どうして僕なんかと友達になってくれたのかは分からない。ただ講義の時にいつも選ぶ席が似ていたとか、そして口下手な僕でも話しやすい印象で自然と話しかけるようになったとか。
自分の部屋に文也を招き入れるのはこれで三回目。一度目も二度目も誠司さんの店へ二人で行ってお酒を飲み過ぎて、でも何となくまだ話し足りなくてこうして向かい合わせに座ったらすぐ眠くなって、そんなのだってつい最近のはず。
でもだからと言って、関係が崩れるのに時間なんて関係ないのかもしれない。
「……なんか飲む?」
いつも通りに声を出しているつもりでも、強張っているのが自分でもよくわかる。
そして文也も目は伏せられたまま綺麗な唇をギュッと引き締めていて、もし誠司さんとの事を僕が知らなかったら凄く心配していた。
「り、く……」
「うん」
「……誠司さんと何かある?」
僕を見る目に力がこもって覚悟を決めたのが分かった。何かって何?そう返事をしたくても言葉が出てこない。
芹澤さんに言われた「相手にも悩ませろ」って言葉も浮かんだのに。
「俺さ、なんか……自分でも驚いてるんだけど── 誠司さんのこと、好きになって……それで」
「……う、ん」
「男同士なのに笑っちゃうよな。気持ち悪いって……言う、かさ……」
「………う、ん」
今まで僕のことをどう見ていたんだろう。
文也は自分に起きた変化を言ってるのに、内容もそうだけど気持ち悪いって言葉が何度も頭の中で繰り返される。
「───あのさ、俺と誠司さん付き合ってるんだよね。陸が好きなの知ってたんだけどさ、本当、なんかごめんね」
遠い景色でも眺めて心も同じくらい遠くにあって、ただ口だけは義務として動かしている、そんな話し方だった。
文也のその態度にもショックで、付き合っているという言葉も想像を遥かに超えてショックだった。
やっぱり遊びじゃなかったんだ、僕とは違って二人は遊びなんかじゃなかったんだって。
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