枯れ落ちる

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気温が一気に下がったらしく吐く息も白くて、寒さに震えながら歩けば昨日お邪魔したばかりの芹澤さんの家に辿り着く。 今は花ちゃんを寝かしつけている頃かもしれない、そう思っても昨日の心地良さが恋しくて躊躇いながらもインターフォンを押した。 暫くその場に立ってると静かにドアが開く。 「やっぱり……お前か」 「……ごめんなさい」 顔を見る前からもう僕だと気付いてたらしく、芹澤さんは呆れた顔で顎で入れと促してくれた。 「こんな時間に来るのは泥棒か広野だけ」 「すみません……」 「また不細工に戻って、朝はいい顔して出て行ったのにな。─── 先ずは風呂だな」 びしゃびしゃのまま脱衣所に案内され、濡れて重くなった服を脱いでいった。こんな風に芹澤さんに迷惑ばかりかけて、もう何てお詫びしたらいいのか分からない。 お湯に浸かり冷え切った身体を温めるのも二度目。 お風呂の中で泣くのも二度目。 他人の家でよくここまで図々しくなれるもんだと自分でも思う。 蛇口からぽたぽたと落ちる水滴と外を騒がす雨の音、一度頭のてっぺんまでお湯の中に入って体を丸めてみる。 目を閉じると揺れる水音しかしない。 揺らめくお湯の柔らかな音の中、お腹の中の赤ちゃんてこんな感じなのかなって思う。 暫くこのままでいたくて、体の何処にも力を入れずに広いバスタブに自分を預けてみた。 「オイッ!」 ゆったりしていた腕が突然強い力で引っ張られて、僕は芹澤さんの胸に抱かれたまま勢い良く洗い場に出されてた。弾みで倒れた芹澤さんを見下ろす状態になってる。 あまりに突然の出来事で声も出なかったが、同じように芹澤さんも焦っている様子で目を合わせた。 「何してんだ、お前」 「いや……あの、お腹の赤ちゃん」 「はぁ?何だよそれ」 「お腹の赤ちゃん……って、こんな感じかな?って」 「バッカじゃないの?ハァ……いくら呼びかけても返事ないからさ」 どうやら自殺と勘違いしたらしく、凄く焦る芹澤さんはとてもレアな気がする。 そして他人の家でも自殺するタイプのイメージを持たれていることに若干反論したい気分だ。 「俺の勘違いなら、良かった……けど」 湯気で白いバスルームの中、開けられたドアのお陰で少しずつ視界はクリアになっていく。 裸体で跨り押し倒してるみたいになってる僕は、芹澤さんの目が一瞬だけ、まるで値踏みするように熱を持って体を見たのを間近で見てしまった。その目に、ドクンと強く鼓動が跳ね上がる。 「ッ、早く退けろ、押し倒すぞバカが」 「え……あのっ、はい」 「早く出ろよ」 僕を見ずにまた出ていく芹澤さんの後ろ姿を見送り、バスタブにまた体を沈めて真っ赤になった顔を手で触る。 芹澤さんの想像もしていなかった反応に心臓が痛かった。
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