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昨日までの雨が嘘のように朝から晴れていた。
水たまりが道路のあちこちにあって、それを避けながら歩いて会社へと向かう。
何も考えずに繰り返すのはもう得意だ。
現場の人たちに混じってブルーの帽子を被り、ただひたすら黄緑色のマスキングテープを剥がして箱詰めしていく。箱の中で動かないよう固定する為にまた違うテープを貼る。
爪を立てないように、傷が出来ないように、ダンボールは特注のもので数だってちゃんと決まっている。ミスはあってはならない。
何にも考えないのって昔から得意だった。
孤立してると最初は浮いてる気がするけど、それでも孤立してると周りから見えなくなるみたいで、僕が誰かと話していると驚かれるくらいになる。
だから考えずに繰り返せばいい、ただひたすら繰り返せば嫌でも時間は流れてく。
そのうち、忘れた事も忘れる日が来るから。
でも、うまくいかない時が初めて訪れた。
『今日は会える?』その文字を見ると一気に胸が熱くなる。頭は空っぽなのに心は簡単に熱を出し、厄介なほどに燃え上がる。
忘れようとして固く冷たくなったものが、中から一気に炎を噴き出す。
──── 行くな、そう言って欲しかった。
そっちの先にはもう何も無いと、がらんとした生活感の無い部屋に浮かんだベッドも、お前の為なんかじゃないって。
もしかしたら文也と同じ事を言われるのかも、そうは思っても一度決めてしまうと会いたい気持ちが止まらない。
早く仕事を終わらせて帰宅すると、当然のようにシャワーを浴びて支度する。
準備をして家を出た頃には、これが最後かもしれないから、せめてこの体に刻んでもらおうと。
店の前に着くと気持ちは落ち着いていった。
僕は何をしているんだろう?そんな疑問は以前には無かったから。
何をしたいんだ?
目的は?
誠司さんを好きでいたいなら、黙って抱かれるだけだよ。
文也の存在を無視して ─── でも文也だって僕を無視したじゃないか。
友達だと思ってたのに ─── でも友達の縁を切ったのは文也だ。
入るか迷ったんだ。
ドアを開けたらもう海の中に入ってしまう。そこは秘め事さえも隠してしまう場所で、此処に入ると甘い蜜は吸えても、その後の痛みが酷いのを知っていたから。
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