枯れ落ちる

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少しだけ開いたドアの隙間から店内の青い照明が見えてきた。 ドアを開けてしまったらもう戸惑うなんて言ってもいられなくて、どうせ自分は馬鹿なんだからって開き直って店に足を踏み入れる。 吸いたい蜜は僕を見つけるなり笑顔を向けて、僕はその顔を直視しながら進んで、空席のカウンターにゆっくり腰を下ろした。 「陸くん、会いたかったよ。アペロールでいい?」 「あ、今日はハイボールで」 「ハイボール?珍しい」 誠司さんは綺麗な目を一瞬開いてすぐにグラスに氷を入れウイスキーと炭酸を合わせてハイボールを作ってくれる。 グラスの中にはレモンの輪切りが浮かんで、口に含めば芹澤さんが作ってくれたハイボールより癖のあるウイスキーが鼻腔をくすぐる。 好みは芹澤さんの家にあったウィスキーだ。 お店が忙しくなって僕はハイボールを飲みながら前とは違う感覚で誠司さんを見詰める。 文也と誠司さん、二人とも華やかで品がある。それに比べて自分は中途半端な人間で、そもそも誠司さんに恋をした事自体が無謀だった。 遠くから見ているだけで良かったのに、なぜこの人は僕と文也の二人を裂くような真似をしたんだろう。 文也と付き合うだけなら、僕は今のように芹澤さんが言う不安定な犬になんてならなかったのに。そこで気付く。 確かに自分は不安定な犬と同じだなって。 不安定な犬は鼻を使わなくなるとか言っていたけど、僕は何を使わなくなってるんだろうか、 思考力か盲目になってるだけなのか、それとも欲望に忠実なだけで全て使いこなしてるのか。 お店から一人また一人とお客さんが帰って行くと流れるジャズが少しずつ大きく感じるようになる。今までそんな事にも気付かなかったが、人がいなくなるとこんなにも静かになるんだって音楽で気付いた。 「お待たせ」 「お疲れさまです」 「もう少し飲む?」 「大丈夫」 いつも赤くなってたのにどうしてこうもすんなり行けたのか分からない。ただ、そこには確かに芹澤直人っていう男か深く関係しているのは明らかだ。少しずつ侵食してくる彼の存在が視界を変えている。 だからこの一連の流れも面白みのない日常に降って湧いたこのチャンスにただしがみついてるだけな気がして、不安定な犬と化した僕は親友の恋人が求めるキスに応えながら一緒に店を出る。 こういう場合ってどっちが悪くなるんだろう。友達の恋人だと知っていて抱かれる僕か、それとも恋人の友達だと分かっていて抱こうとする誠司さんか。
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