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タクシーに乗って誠司さんの家へと向かう道も彼の手はずっと僕の手を握りしめている。
文也も同じ事をされたんだろうか、きっと女の子にしか興味の無かった文也の事だから今から起きる事が怖かったかもしれない。
魅力的な男に手を握られて悪い気もしなくて、お酒の力もあってする側からされる側になる刺激もあったかも。
その時、僕を脳裏に浮かべただろうか。
ごめんとでも呟いて目を閉じたんだろうか。
マンションの前に着いていつも通り二人で車を降りて、エントランスに続くドアを誠司さんが開けた時にその声は響いた。
「なんで……」
あまりに小さな呟きで最初は何処から聞こえてきたのかも分からなかった。ただ風に誘われるように見れば、マンションの入り口に立つ文也と目が合った。
歪んだ表情で拳を握り震えていて、文也の手にはコンビニの袋がぶら下がってた。ああ明日休みだもんなってその姿を見て思ったけど、言葉に出すことは勿論出来ずに誠司さんに視線を移した。
「文也、どうした?」
笑っちゃうくらいいつもの誠司さんがそこに立ってた。
慌てる様子もなく綺麗な顔で微笑んでて、でも握られていた手は離されて僕の前を通り過ぎていく。
結局は最初から決まっていた。
誰が彼の隣かなんてそんなのは無意味な競争で誠司さんがそれを決めるのだから。
「陸とは関係が無いって言ったじゃないか!」
「たまたま陸くんがお店に来てくれたんだよ」
「じゃあなぜ家に呼ぶの?陸と関係があるからだろ!」
「ないって。ね?陸くん」
「……無いです」
周りなんて気にしないで大声で自分の意見を口にする文也が大好きだったし羨ましくも思ってた。僕は素直とはかけ離れていて、彼にとってはライバルの一人にも入ってなかったかもしれない。
遠くから見ているだけでいいと実際に言っていた僕に、危機感なんて無かったはずだと思い込んでた。
「帰るね」
宥める誠司さんと怒る文也の傍を通り過ぎ、此処からじゃ芹澤さんの家まで遠いなって思って足を止める。
悩み、苦しんだ。
これって誰の為だったんだろう。
全部自分の弱さが撒いた種なら、一瞬だけでも花を咲かせる事が出来て良かったのか。
「文也ー!」
僕の大声に驚いて文也は泣き顔で見詰めてくる。暗い僕を、ひん曲がった僕を救けてくれた友人は今嫉妬の中で苦しんでいる。
「大丈夫だから。誠司さんとは何にも無いから!またご飯でも行こう!」
はらはらと枯れ落ちる花びらの音が風に混じっていた気がした。
もう二度と連絡なんて来ないかもしれない。
でも、もしかしたら誠司さんがうまくやってくれて文也とまた友人として……。
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