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酔ってくると饒舌になって自分の過去の暗い部分も話し始める。芹澤さんはまだ一杯目のハイボールをちびちび飲んでて、僕の前にだけ三缶目のハイボールが空になりつつあった。
「だからー、文也と出会えたことは僕にとってはすっごく大きな事だったんです」
「そっかそっか」
「なんですか?軽いな、そっかそっかって」
「軽くない、そうだったんだなーと思って」
意外にも聞き役に徹してくれる芹澤さん。
大変だなと他人事で思いながら、今日はどうしようもないのをちゃんと分かってくれてるみたいだ。
「芹澤直人はどんな人でしたか?」
「なんでフルネーム?俺は普通だよ」
「まるで僕が普通じゃないみたいな言い方ですね」
「絡むな絡むな、そういう意味じゃないから」
苦笑いを浮かべ、またちょっとだけハイボールを飲む芹澤さんは最初の頃と全然違ってて、僕は隣に座る彼をじっと見てしまった。
「無愛想な男だな、クソったれだなって思ってました」
「はは、それはお互い様だと思うけどね」
「僕のどこが無愛想?」
「無愛想な犬だなと思って俺も見てたよ」
端正な顔が正面を向いてニヤリと笑う。
「二回目はめんどくさい犬だなって思った」
「犬じゃないんですけどねー」
「三回目は誠司の店で、初めてまともな顔を見た」
「まともな顔?何それ」
「苛々するのを隠そうともしなかったからね、あの時の広野は」
「それがまとも?」
「そうそう、それがまとも。少なくとも隠すよりはいいと俺は思ってるよ」
だからあの時初めて笑ったのかこの男は。
「酔っ払い、明日休みだからって飲み過ぎると痛い目見るぞ」
「そう言えば!」
「俺の話聞いてないし」
「誠司さんの店に芹澤さん居たでしょ。あの日は花ちゃんどうしてたんですか?まさか家にマメトコと留守番なんてないでしょ?」
「あー、一ヶ月に一度預かってくれるんだよ」
「誰が?」
「妻の両親が」
この時初めて芹澤さんには奥さんがいるんだって認識した。勿論亡くなったのは知っていたけれど、妻って口にする彼は今も心に決めてる人がちゃんといるんだと。
結婚ってそういうものだと思っていたけれど、芹澤さんの口から聞くと何となく不思議な感じがする。
「夏美さん?でしたっけ」
「名前、誠司から聞いた?」
「はい……どんな人だったんですか?」
「よく笑って、そそっかしい女だった。俺が唯一愛した人」
芹澤さんは何かを思い出してるらしく、凄く優しい目で遠くを見ててクスクス笑う。
「花がお腹にいる時これ以上太るなって医者に言われててさ、泣きながら豚まん食べるの我慢してた」
「食いしん坊だった?」
「うん、よく食べる。元々ぽっちゃりしててね、可愛かったよ」
「そうなんだ」
とても羨ましいと思った。
こんな人に愛されるってどんな感じなんだろうって。
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