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何度も何度も頭を撫でられた気がする。
遠くで名前を呼ばれ、心地よい体温にがっちり抱きついて此処にいるよって意思表示をして。
いい香りに包まれて眠ると嫌な夢も見ないらしい。
「おー!おーい!マメトコォ!」
その甲高い声がハッキリと聞こえた時には、もう温かい芹澤さんの体は無かった。
そのかわり顔を小さな手がペチペチと叩いてきて、一瞬何処にいるのかも分からない。
「へ?うわっ!花ちゃん」
満面の笑みで花ちゃんがキャッキャと笑ってる。
ちゃんと目覚めた時から地獄だった。
吐き気と頭痛、そして花ちゃんのテンションとマメトコのキャンキャン吠える声に起きて五分もしないうちにトイレへ駆け込んだ。
人の家で吐くなんて最低だと思うのに、芹澤さんはやっぱりなと笑うばかりで寛大な人だ。
そして芹澤さんは土曜日も午前中は診療らしく、お酒をあまり飲まなかったのはそういう事かと納得して、ただ僕の失恋に付き合わされたという事になる。
申し訳ない。
「罪滅ぼしに花ちゃんの面倒見るよ。……ウッ、だから今すぐ帰れって言わないで」
「言わないけどさ、面倒見るなんてそんな真っ青で言われてもね。大丈夫、土曜日は俺の妹が来てくれるから。ただ、広野にとっては酷だと思うけど、妹の子供は男三人で上から6才5才3才で花は2才だから、これが集まると凄い事になるんだよ」
「凄い事?大丈夫だよ……ヤバイ、また気持ち悪くなってきた」
またトイレへ駆け込んだところで芹澤さんの妹さんと元気な男の子の声が聞こえ、興奮するマメトコの遠吠えまで聞こえてくる。
マメトコが遠吠えすれば三兄弟も遠吠えが始まり、昨日の夜に酒を飲むなともっと強く言ってくれと呪ってしまう。
ようやくトイレから出て自分でもわかるほど真っ青な顔でリビングへ行けば、芹澤さんは僕の事を妹さんに説明している真っ最中のようだ。
細くて綺麗な女性は僕を見るなり微笑みを浮かべ、見た目が神経質そうな二枚目の芹澤さんとは大違いの印象を受ける。
「大丈夫?兄貴に聞いたんだけど、兄貴のベッドで寝てたら?うるさいよー、コイツら」
三兄弟は僕が寝ていたソファでジャンプしてて、妹さんはそれを叱り飛ばしてやめさせている。
「広野、俺の妹は直美でこの坊主三人は上から慎吾、渉、有だから」
「はい……」
「ベッドで寝る?」
「出来たら二時間だけでも……」
「ダメー」
立っているとまた吐き気が迫る状態でも、花ちゃんは僕の手を握り何処にも行くなとブロックのお城を見せようとする。
それからは自分との戦いだった。
猛烈な吐き気と眠気、そこに寒気まで襲ってきて二度とあんなに酒は飲まないと誓う。
そして物凄い三兄弟のパワーに圧倒され、それ以上のエネルギーで抑え込む直美さんの素晴らしさを間近で見て感動すら覚えた。
「お母さんて凄い……」
「うっせぇわ!ケンカしてんじゃねぇ!いや凄くないよ?もうやるしかないからね。ゴラァ!ソファで遊ぶなぁっ!」
「兄ちゃん遊ぼうよ!」
慎吾くんには悪いけれどそんな元気は今無い。でも子供ってのは関係ないらしく、横になっても花ちゃんは僕の周りにおもちゃを並べる。
三兄弟は追いかけっこしながら突然ケンカが始まって、その都度に直美さんの怒号が飛ぶ。
完全復活したのは午後を過ぎてからだった。
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