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午前中だけの診療でも芹澤さんはなかなか戻って来なかった。
その間に花ちゃんを始めとする三兄弟の遊び相手として頑張ったのだが、子供っていうのは本当にエネルギーに溢れている。
声が枯れてしまうんじゃないかと心配するくらいの大声は当たり前、一度面白いと笑ってくれれば延々とそれをやり続けなければならない。
花ちゃん一人ならヘトヘトにならないけれど、男三人っていうのは別次元の環境だった。
「お疲れ様、少し休憩しよ」
「はい」
直美さんがカフェオレを持ってきてくれて受け取ると、四人で遊び始めたお絵描きに一息吐いて休憩を取る。
「ねぇ、広野くん」
「ん?」
「うちの兄貴と付き合ってるの?」
「え?僕が!?」
「うん」
直美さんは当然のように訊ねてきて、芹澤さんは全く隠してもいないし恥じてもいないんだと分かった。そして直美さんもそれを受け入れてることも伝わる。
「いえ、付き合ってません」
「なんだ〜、残念」
直美さんは本当に残念そうで、ショートの前髪を掻き上げて唇を尖らせる。
形のいい唇が弧を描くとまた僕を見詰めて、今度は目を細めた。この時の顔は芹澤さんにそっくりだ。
「でも二人は似合ってると思う。私は諦めないわ」
「え……」
「だってこの家にこうやって人がいるの初めて見たのよ」
「初めて?」
「そう。ほら、夏美さん亡くなってからずっと一人でしょう?兄貴だってまだ若いんだし、両親も心配してるんだから」
「いや〜でも僕は……誠司さんにフラれたばっかりだし」
「フラれた?何それ?聞きたい!」
芹澤さんもそうだったけど直美さんはそれを上回るほど聞き上手で尚且つ色々と質問してくる。芹澤さんに話した事より詳しく説明して漸く冷めたカフェオレを飲んだ。
直美さんは眉間に皺を寄せ、目の前に誠司さんが居るかのように眼光も鋭くなっている。
「そんな男に引っかかる方も引っかかる方だわ」
「耳が痛い」
「それでまた今度って連絡するって気持ち悪いわよ。広野くんも被害者だけど文也ってのも被害者よね」
「被害者……」
「だってそうでしょ。恋愛すれば振るも振られるもある話だけど、遊びたいだけなら双方納得してなきゃ成立しないじゃない」
「ご尤も」
「でしょ?文也くんが友達だから見えなくなってるけど、文也くんも広野くんと同じようにその腐れ男を好きなのよ」
「腐れ男?」
「そ、腐れ男」
「その点、うちの兄貴はそんな事はしないわよ。元々真面目だし真剣に付き合ってきたんだから」
「でもこればっかりはね〜、お互いそう思わないと」
「そんなの時間の問題だわ。それに失恋を忘れる方法は新しい恋なんだから」
断言する直美さんには何も言わず、僕が芹澤さんと付き合うってことを想像してみる。不釣り合いな二人は想像しても滑稽で、男前とちんちくりんにしか思えなかった。
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