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「広野、良くなった?」
リビングに入ってきた芹澤さんは開口一番で訊ねてくれる。笑顔で頷いてから時計を見ればもう14時をとっくに過ぎていた。
「パパーン!」
「花、終わったよー」
芹澤さんは優しい顔で花ちゃんを抱っこして頬にキスしててこんな時に思う、あの無愛想がなんでこんな風になるんだろうって。
でも今は、花ちゃんに向けるそれと同じように僕のことも見てる。
「じゃ兄貴、うちら帰るね」
「毎週悪いね」
「大丈夫よ暇だから。また何かあったら言ってね」
「ありがと」
「じゃあ広野くんもあの話、考えといてね!いい?じゃあまたね」
「考えといてって……」
三兄弟と直美さんを玄関まで見送りドアが閉まると、花ちゃんを抱っこしていた芹澤さんが見てくる。
「何の話?」
「そうなるよね?」
三人で静かになったリビングに戻り荒れ果てた部屋を片付けながら話そうと思ったけど、やっぱり気恥ずかしくて言えない。ある程度綺麗になると何故か花ちゃんはご機嫌ななめになって騒がしくなり、それで何とか逃げることも出来た。
「どうしたんだろ?」
「お昼寝」
抱っこしながらゆらゆらしていると大人しくなっても目はぱっちりと開いている。内心寝ないだろと思っていたら五分もしないうちに眠りに落ちていた。
「すご〜い、ギリギリまで粘って起きてるんだ?」
「不思議だよね、眠いなら寝ればいいのに。昨日の広野もそうだったけど」
「……すみません」
笑う芹澤さんは花ちゃんを部屋に連れて行き、僕は直美さんが用意していた一人分の焼きそばをレンジでチンする。
遅い昼ご飯はいつもの事らしく、今日は午後休診だからまだゆっくり食事も出来る。カルテの確認は夜まで続く事もあるとか。
食事を終えた芹澤さんはブラックのコーヒーを飲み、隣でマメトコを太腿に乗せて僕はまた甘いカフェオレを頂くことにした。
「ずーっとお邪魔してるね、ごめん」
「いいよ、助かってる」
「えー?助かってる?朝は吐いちゃったんだよ?」
「あのくらいで吐くならもう飲まない方がいいんじゃない?」
「もう飲まない。と言うか怖くて飲めない」
「いや飲むなってのは冗談だから。でもそういう時もあるよ」
「優しいね芹澤さん」
「だろ?昨日だってずっと抱きしめてた」
「え?」
「ずっと抱きついてくるから抱きしめて寝たんだよ。俺がいなくて花は泣きながら起きるし」
「うわぁ……すみません」
自分の醜態を素面の時に聞くというのは、恥ずかしいを通り越して最早拷問みたいなものだ。芹澤さんはそれを分かってて、意地悪な瞳を向けてくる。
「ま、可愛かったけどね」
「嘘ばっか」
「嘘は吐かないよ」
冗談とも本音とも取れないその言い方が無性に腹立つのに、口元が勝手に緩んで照れてしまった。
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