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「貼るの大変だった?」
室内は暗く、まだ起きている花ちゃんを刺激しない程度の声で芹澤さんに訊いてみる。
「大変でもないよ、適当に貼ったから」
「花ちゃん喜んだでしょう?」
「三日間くらいかな」
「はは、そんなもんか」
「そんなもんだよ。……大人よりも子供の方が順応性が高い。夏美が死んだ時もそうだった」
「それは……まだ、赤ちゃんだったから」
「そうなんだよね。母乳から突然ミルクになって、最初は飲むと吐き出してたのにすぐ大丈夫になった。……残されたのは結局俺だけだ」
すやすやと眠る花ちゃんの寝息が聞こえて、それとは正反対の悲痛な声が部屋の中で小さく響く。
「今でも……」
そんな事聞かなくても当然だ、そう思いキラキラした星を見ながら口を噤む。今更聞くような事でもない、この声を聞いてたらバカでも分かる。
「夏美さんとは何処で知り合ったの?」
だから過去を聞いてみる。少しでも芹澤さんの声から悲痛な色を消したくて、悲しい事ばかりじゃなかったと思い出してもらいたくて。
「夏美は動物看護師だった。うちで働くようになって、それで付き合うようになった。……毎日好きだって言われてたな」
思い出したように小さく笑う芹澤さんの声には、やっぱりまだ切ない色が混ざってる気がする。
「仕事が終わると尻尾が見える、そんな人だった」
どうして亡くなったの?それは聞いちゃいけない気がして黙ってた。
それを聞いてしまったら悲痛な声がもっと辛く悲しいものに変わっていく気がして、その声を聞いたら一生後悔する気がして。
「そろそろリビングに行こうか。俺は酒を飲む日なんだ」
「良し、じゃあ僕も」
気持ちを切り替えた芹澤さんの後に続き部屋を出ると、何度もベッドで眠る花ちゃんに振り向いて静かにドアを閉めた。
「もう飲まないって言ってなかった?今朝だよね?言ってたの」
「もう治ったから快気祝い」
「何だよそれ」
笑う彼の背中を押して暗いリビングに入る。
間接照明だけで室内を照らし、ハイボールを作り始めた芹澤さんの手元を見ながらおつまみ代わりにポテチを皿に乗せて出した。
「映画でも観る?」
「ホラーがいいな」
「ホラー?広野好きなの?」
「一人じゃ絶対観れないかなって」
炭酸の多いハイボールを受け取っていつものようにソファに並んで座る。
テレビ画面に出た見放題の映画を小さなリモコンで選んで、レンタルビデオショップはまだ需要があるのか、あの店もこの店も今どうなってるんだろって考えてた。
「芹澤さんは何を観たい?ホラーよりも、楽しい方が好き?」
「何でもいいよ」
もう花ちゃんもマメトコも寝てる。照明が暗くなると声も自然と小さくなる。
「何でもいいじゃ分からないよ。芹澤さんが観たい映画を観たいんだ」
隣に座る芹澤さんに視線を移し、呼吸を一拍忘れた。
ラフな格好で膝に頬杖をついてる芹澤さんは、画面になんて少しも興味無さげで、真っ直ぐに僕を見ていた。
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