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「……な、に?」
「優しいなって思って」
「優しいと……」
「ん?」
「……そんな表情になるの」
端正な顔立ちは酷く艶めいて僕の瞳に映ってた。
薄っぺらい優しい微笑みも無く、かと言って真面目でもない、それなのに心を鷲掴みにされたみたいに動けない。
見せるその目や表情は扇情的で、僕に隠れてる性を簡単に刺激してくる。
「早く……冗談にして」
空気の薄い空間に投げ込まれたみたいに呼吸もうまく出来ない、頼りない声が喉の奥から弱々しく絞り出されても他人の声みたいに甘く湿ってる。
芹澤さんは小さく微笑み、切れ長の目を伏せて固まってる僕に近づいてくる。音も出さない、その動きに意図があるようにも見えない、でも見ちゃいけない淫らなものを感じて喉が鳴る。
そんな人が耳元にそっと近付き、気配だけに肌が粟立ち擽ったくなった。
「冗談にしようか迷ってる」
いつもの声色とは違う、そこにあるのは人を縛り付けるだけの威力を持つ色気。
ガチガチに固まった体もそれだけで力が抜けて、芹澤さんの肩に額をぺたりと付けた。
「広野、大丈夫?」
「もう……やめてよ」
突然いつもの芹澤さんに戻ったのが見なくても声を聞いて分かった。緊張から解放されてもおでこは相変わらず肩に乗せたまま、芹澤さんは笑いながら「ごめん」と言って僕の頭を撫でる。
「可愛くなって、つい」
「も、動けなくなった」
「ごめんって」
「からかうなんて酷いよ。僕だって男なんだからそんな事されたら……分かってよ」
「本気でどうしようか迷ったんだよ」
「……え?」
「このまま行こうか、そしたらもう会えなくなるかもしれない。迷ったら逃した」
「その……こんなの、芹澤さんは性的な目で見れるの?」
「こんなのって、自分の事そんな風に言っちゃいけないよ」
肯定も否定もしないその言葉に悶々としたものの、後悔を滲ませる芹澤さんに鼓動が早くなって混乱する頭でハイボールを飲んで誤魔化そうとする。
でもいくら飲んでもちっとも誤魔化せない。
一度燻り始めた胸に隠してる欲望は小さな火を守るように、隣に座る芹澤さんの指先や声、仕草を探してはちゃんと揺らめいている。
男だから仕方ない、単純で性に対して真っ直ぐで、きっとそれは芹澤さんだって分かっているはず。
「芹澤さん……」
思っていた以上に甘ったるい声が自分の口から出て、自然と視界が滲む。
何をしたいのか、
どんな風にされたいのか、
誰を求めてるのか、
でも形勢なんて気にしてられない、誠司さんに対して抱いていた欲情よりも強くこの人が欲しいと思った。
花ちゃんの優しいパパで、マメトコの賢い飼い主で、未だに妻を唯一愛してる人、が。
隣に座ってテレビを観てた芹澤さんは僕の呼びかけに視線を移し、そのまま覆い被さり頬を撫でて優しい顔付きは影を潜める。
僕は欲情した顔を真正面で固定されて見られた。
「り、く……」
「あ……」
自分の名前を呼ばれただけ。
それでも、身体の奥底から感じた。
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