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濃密な時間を過ごしたせいか、仕事の時間になっても怠けた頭はなかなか正常に戻ってくれなかった。
今日はどうしよう、行っていいのかな?とか、でも今日行ったらずっと世話になってるとか、そんな事ばっかり浮かんでくる。
流石にまずいよなと自分でも思うくらいに。
ちょっとだけ顔を見たら帰ろうかなって思えた頃にはもう夕方になっていた。
仕事は順調とも言えない滑り出しのせいで残業は決定、花ちゃんが眠る前には何とか行けるかのギリギリラインってところか。
もしも花ちゃんが眠ってしまったなら今日は行かない、そう自分を納得させて仕事をこなしていく。
「よっし、15分休憩してから残業入ろう」
誰かの声でみんな作業を一旦止めて休憩所へと行く。この間にタイムカードをスキャンして幽霊になる訳だ。
慣れてしまってサービス残業の残酷さも薄れつつある今日この頃、転職なんて考えられないしうまくやっていくしかない。
自販機で買ったコーヒーを飲んで、喫煙者は外で煙草を咥えて一服する。
暇な僕はスマートフォンを取り出し、その名前に目を見開いた。
『話したい事がある』
文也からのLINEは僕の表情を曇らせるには十分な威力だった。
まさか誠司さんが僕との関係を話したとか?
だとしたら文也にとっては殴りたいような出来事だろうとは思うけれど、こっちにも言い分はあるし。
どちらにしても今日は芹澤さんの家には行けないようだ。これが思っていたよりも落胆してしまって、文也を後回しにしたいのを堪えて分かったとだけ返事をした。
これでもう今日は会えない。
また始まる仕事に目標も無くなって、ダラダラと仕事をこなして漸く終わったのは20時を過ぎてた。
芹澤さんと約束なんてしていないし、考えてみれば会いたいと言われたのは昨日の電話が初めてだ。
でもあの流れで言われても冗談とも本気とも分からない、自分の気持ちが膨らんでしまった今は本気と勘違いして落胆するのも恐ろしい。
文也からの着信で何も考えずに出ると、おどおどした話し方にそう言えば文也とは誠司さんでややこしくなっていたんだと思い出した。
それくらい頭に誰も入ってないって事か。
「ごめんな、あの……仕事終わったかなって」
「あー、うん。何処がいい?」
「……陸の言われた所に行くよ」
それって一番苦手、店なんて牛丼屋しか知らないし、わざわざ飲みに行くのもめんどくさい。
……芹澤さんの家とか?と思う僕はかなりの重症だ。
「お酒あった方がいい?」
僕の質問に文也は黙り込んでしまって、そう言えばずっと飲みに行くとなれば誠司さんだったよなって残酷な笑顔をまた思い出す。
よくあんな風に笑えるもんだ、文也をそんな男に渡していいのだろうか?なんて沸々と怒りも湧いてくる。
「文也、居酒屋でも行く?ハイボール飲みに」
「ハイボール?陸ハイボール飲むの?」
「一度偉い目にあったけど、ハイボールの方が好きだな」
芹澤さんが作ったハイボールだけど。
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