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文也の話では誠司さんはちゃんと交際しようとは言ってくれてたみたいで少し安心した。かなり言いにくいようだったが、誠司さんの場合は僕と違うスタートはとても重要のような気がする。
「でもなんか信用出来なくて」
「あー、何となくわかるかもしれない」
人の恋人に失礼だなとは思いつつも自然と言葉に出てしまった。
「はは、だよね。陸はその……誠司さんとは何にもない?」
煽っていたビールを勢いよく零してしまい、それをおしぼりで拭くと絶対無いと嘘をつく。
こんな状況で真実を言うのが正しいと思えない。不安にさせても嫌だった。
「誠司さんとどうしてあの夜一緒だったの?」
文也の綺麗な目が真っ直ぐに見詰めてくる。
「誠司さん、可哀想に思ったんだよ、僕のこと」
話しててそれが本当の事のように思えてくる。
「いつも見てたら気付くんじゃない?あー、コイツ俺のこと好きなんだなって……気付かない奴もいるのかもしれないけど」
頭に浮かぶのは芹澤さんだ。
「誠司さんそういうの鋭いから、なんか色んな人に声かけてそうで……」
「大丈夫だよ。まあ鈍感よりいいのかな」
やっぱり頭に浮かぶのは芹澤直人だ。
「ねー、陸?」
「んー?」
「何か前と違う」
「同じだって、相変わらずだよ」
「雰囲気が違う」
「同じだよ、不安定な犬だし」
「不安定な…….犬?え?何の話をしてるの?」
はぁ、とまた大きなため息が出る。
「前はこうもっと、おどおどしてたって言うか、僕なんか、僕なんて、みたいな感じだったんだけど ─── なんか今は違う気がする」
「そう?振られたからな〜?」
「── ッ!」
「ごめんごめん、冗談だよ。文也、僕に気を使う必要なんて本当に無いよ。……だいじょぶ」
笑いながら言えばやっと文也も固い表情が和らいで、こうして友人としてまた会えたのは本当に良かったと思えた。
文也には悪いけれど、誠司さんでこの親友を失うのは余りにもだ。そう考えるとあの時誠司さんのあの笑顔を間近で見られたことは本当に良かったのかもしれない。
「陸、また会ってくれる?」
「もちろんだよ。またね」
居酒屋の前で文也と分かれるとフラフラ歩きながらスマートフォンを取り出す。
芹澤さんからの連絡は無くて、やっぱり僕ばかりが追いかけているんだって無性に悲しくなった。
酔い覚ましの為に遠回りしようと向かう先は芹澤さんの家、会いたい気持ちが急激に膨らんでくる。
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