枯れ落ちる

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芹澤さんの自宅のリビングには、まだ間接照明が灯っていた。すぐに帰ろうと思っていたのに 、まだ起きているんだって思うと声だけでもって欲求が出てくる。 花ちゃんが寝ているのを知っていてインターフォンは押せないし、電話だけならいいんじゃないかって。 思い切ってスマートフォンの画面に出した芹澤さんに電話をしてみる。 数回の呼び出し音の後にすぐに彼の声が聞こえてきた。 「はい」 「何してた?」 「今日はリビングで寝てるんだ。猫ちゃんでね、危ない子がいて」 「そうなんだ。じゃあ花ちゃんも?」 「そう、一緒に寝てる」 「そっか。助かるといいね、猫ちゃん」 「うん、助けるよ」 いつもより静かな声はきっと花ちゃんが眠っているからだ。 囁くような落ち着いた大人の声はとても耳に心地よく、僕まで眠くなってくる。 「陸は今帰り?」 「……うん」 陸って名前で呼ばれ、胸の奥がくすぐったく感じて思わずニヤけてしまった。 「随分と遅いね」 「実は今まで文也と会ってて」 「ふーん……だから電話よこした?」 「そういう訳じゃないけど」 「じゃあどういう訳?」 少し冷めた声が聞こえてくるとどうしたらいいのか分からなくなった。 声が聴きたいだけなんてそれって誰が聞いてもただの告白だ。 今までは誠司さん絡みでしか連絡したり会ったりしてなかったのに、振られてすぐに貴方が好きと言うのか。 すぐに返事が出来ない僕を芹澤さんは小さく笑う。 「いいよ、話し相手くらいならなってやる」 以前にも言われたその言葉に今はひどく胸が痛んでいる事を、どう言って、どうやって理解してもらうのか。 こんな思いするなら電話なんてしなきゃ良かった。でも声が聴けたのはやっぱり嬉しい。 「それで?幸せそうだった?」 「……凄く不安がってた」 「だろうね」 「……うん」 誠司さんから貴方に気持ちが移りましたとそう言えば全て解決するのか、それともー……。 「芹澤さん」 「なに?」 「……会いたい」 「またショックだったんだ?」 「……違う」 空回りする。 もっとゆっくり芹澤さんを好きになれば、もっとゆっくり体を重ねていたら、もっとちゃんと考えて……。 「家の前に」 「え?」 「芹澤さんの……家の前にいて」 「今?」 ぽろぽろと涙がまた落ちてきて、どうしてこんなに恋って難しいんだろうって。 つくづく苦手だなって思った。  
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