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「待ってろ、今行くから」
電話が切れて暫くすると玄関が静かに開いて、背の高い芹澤さんが僕を見つける。
歩いて目の前に行くと、芹澤さんは冷めた目で見下ろして泣いてる僕の頬を撫でてくれる。
冷たい表情なのにその指先はとても優しかった。
「なんでまた泣いてるの?」
「だって……」
「そんな風になるなら、もういっそのこと誠司に好きだって言えばいいだろ」
「違う……違うんだよ」
苛立った顔をしていて、昨日が嘘みたいな張り詰めた空気とこんな移り気の早さを、どう説明すればいいのか分からない。
「それとも、また抱いてやろうか?」
「──ッ、ど……うして?」
「好きな男の恋人に会って、寂しくなって来たんじゃないの?」
とても冷たい表情に言葉も出なかった。
そう思われても仕方ないのかなって思っても、やっぱり、凄くキツイ。
「反論も出来ないんだ?がっかりだ」
「文也は友達で……それでっ」
「……そんな事は知ってる」
先に繋げるのが体だといろんな事が食い違ってしまうものなんだろうか。
僕の頬をまた撫でた芹澤さんを見上げれば、彼は少し柔らかな表情に変わっていた。
今ならこの気持ちを言って───……でも、何度も見送ってきた片想いの数が僕の口を固くする。
忘れたはずの過去の想いは、ちゃんと縛り付けるだけの力を持っていた。
本当は抱きしめて欲しかった。
こんな弱い自分を強く抱きしめて大丈夫だと言って欲しかった。
こんな想いを抱えている僕を、信じてくれるか分からないこの気持ちごと抱きしめて欲しかった。
「今日は帰って、明日の夜おいで」
「……うん」
約束をして芹澤さんはドアを閉め、僕はまた歩いて自分の家に向かう。
深くなる想いに狂ってしまったんだ。
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