639人が本棚に入れています
本棚に追加
芹澤さんの誤解を何とかしたくても、あの後に何度電話をしても結局繋がることはなかった。
悶々と考えて眠るのを忘れた僕は、昨日の事を頭の中で繰り返して、いつものように出勤する。
仕事が終わったら真っ直ぐ芹澤さんの家に行こう、そう決心して弱い自分を奮い立たせた。
─── でも、予定通りなんてない。
「おい、広野」
「はい」
呼ばれて振り向けばそこには松野さんが立っていた。
「あの犬どうした?」
「新しい飼い主が見つかりました」
「うっそ?」
「元気ですよ、すぐ元気になりました」
「飼い主って知ってる人?」
「……はい」
マメトコを捨ててこいと言ったくせに、笑いながらどうした?なんて聞いてくる松野さんを睨みたくなって深呼吸する。
「会社に近い動物病院の先生です」
「え?せりざわ?せりざわ動物病院?」
「松野さん知ってるんですか?」
「知ってるも何も、この辺じゃ有名だよ?あの人」
無愛想で有名、そんな感じか。
「奥さん、車に轢かれてくたばった所の医者だろ?」
可哀想に子供を産んだばかりだったっけ?
旦那が取り乱しておかしくなったって聞いたけど、まだ病院やってたんだ?
運が悪かったよな〜でも、運転手も被害者って言えば被害者だよな?どうせチンタラ歩いてたんじゃないの。
まぁ人の不幸は蜜の味ってな。
その時、いろんな事を思い出したんだ。
たった数日の楽しい時間、芹澤さんと花ちゃんがどれだけ夏美さんを必要としていたか。
くたばるとか、どうして被害者をそんな風に言えるんだって。
運が悪いなんて、それで片付くはずのない深い傷。
頭が真っ白になって、気付けば松野さんは床に倒れて唇から血を流してて、僕は馬乗りになっていた。
だっておかしい。
どうして笑いながら言える?
人の不幸は蜜の味、それって本気?
「おい!広野!」
周りの騒がしい声が近付くと、松野さんの拳が僕の顔面に当たって鈍い音がした。生温かいものが目に入って、片目を閉じる。でも痛みは無くてまた拳を振り上げれば、僕の腕は同僚たちに拘束されて叫んでた。
「広野!!やめろ!」
「やめろ?ふざけるな!!──── 夏美さんに謝れ!!!」
きっと僕はこの日の為にこの会社に居たんだと思う。
じゃなきゃ、やってられないじゃないか。
最初のコメントを投稿しよう!