狂い、

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捨ててきてと言われた命を自分の手に託されて、どのくらいの人がそれを聞き入れるんだろう。 この子犬をダンボールに入れて置いてった人がいて、その人はこんなバカみたいな会社の誰かが新しい飼い主として育ててくれると思ったのだろうか。 自分が着ていた会社のジャンパーに子犬を乗せて車を走らせると迷わずに動物病院を探した。 今まで一度も関わった事の無い場所、何処にあるのかも分からない。財布に入ってる金額で間に合うのかも分からない、でも必死だった。 目の前で死ぬのを見たくなかった。 いつも通ってるはずの道にその病院を見つけた時には驚いて急ブレーキを踏んだ。前のめりになる体をハンドルで踏ん張り、子犬を片手で庇って駐車場に車を乱暴に停める。『せりざわ動物病院』と書かれた病院は二階建てで可愛らしい犬と猫の絵も描かれていた。 診療前で締め切られているカーテンを見ても、やっぱり迷いなんて少しも無かった。 子犬は最初に見た時よりも震えていて、車のエンジンをそのままにして外に出ると走ってガラス窓のドアを開けようと試みる。 ガチャガチャと固まってるドアノブに焦り、スマホを取り出して看板に書かれた電話番号にかけてみた。 「はい、せりざわ動物病院」 ぶっきらぼうな低い声に一瞬戸惑ったけれど、車の中に残している子犬がいたから。 「すみません!あの、子犬が震えてて」 本当はもっとあったはずだ。捨て犬が震えていて弱っているから診てもらえませんか、とか、もっとあったはずなのに焦っていて言葉は続かない。 「あーまさか今いる?」 「はい、います」 その男の声と同時にガラス窓の向こうを見れば、電話を持ったまま階段を降りてくる長身の男と目が合う。 診てもらえる!そう思いそのまま車に戻ってジャンパーごと子犬を胸に抱けば、震えが直に伝わってくると恐ろしくもなってこっちまで震えてきた。 小さくて、軽くて、柔らかくて、ずっと震えていて、でも温かい。恐怖を感じているのか僕の脇下に鼻を埋めて隠れようとしている。 急いで入り口に戻ると、その男は抱いている子犬に視線を向けて眉を寄せた。 「すみませんお願いします」 「拾った?」 「……はい」 「……そっか、じゃあどうぞ」 端正な顔立ちは恐ろしく冷たくて、切れ長の目は鋭く僕を見る。 壁に左肩を預けて腕組みして立ち、白のシャツにジーパン姿の男はたぶん獣医なんだとは思う。 「あのっ、あの……お願いします……」 この子犬を自分が飼うというのは現実的に無理で、本当はこのまま病院に置いて仕事に戻らなきゃとか頭に浮かんだり。 「早く入って」 とても冷たい声に僕は自分の考えを言うことが出来ず、先生に頷いてまだ診察前の院内に足を踏み入れた。
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