アリス

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アリス

指令室。前回来た時とはうって代わり、モニターは透明に外の景色を映していた。 高さ17階にあるせいか見えるのは空ばかりだが。青空にうっすらと夕焼けの赤が混じる。 「それで、何の用かな。『い』のヨツメ、君には外壁の守備を任せていたはずだが」 デスクに肘をついたまま、指を重ねる柳葉はまるで来るのがわかっていたかのように余裕の表情を向ける。 「前回の護送時に母親が亡くなったと聞きました。」 「...その件は箝口令がしかれているのだが、誰からの情報かな?」 口元を緩めながらも目には力がある。 威圧するには十分なものではあるが、 「指令ならわかっていらっしゃるかと」 「...フタツメか。彼にはなかなか手を妬いていてね、巓班長が上手く使ってくれていたが彼なしでは難しいだろうな」 「入隊時にも巓班長がフタツメを推薦したそうですが、彼にとっては父親みたいなもんですから」 「父親か...」 嘲笑うような含みを持った理由は納得がいく。フタツメは実の父親を重症にした子供で、身を守る術を教えてくれた巓班長は彼の理想の父親なのだ。 「箝口令ということは母親の死因はやはり武器の改造だったのですか」 「いいや。 母親は心臓が弱かったそれだけだよ。」 「...それだけ。ですか」 なんとも腑に落ちない言い方だ。 まるで運が悪かっただけだと言うように。 「君も知っているように、我々の武具装着に制圧行動は法で認可された行為だ。 運悪く死傷者が出たとしても咎められる事ではない。全てはこども達の安全のためだからだ。」 「理解してます」 「よろしい。だが死者が出てしまっていいわけでもない。今は落ち着いたとはいえ今だにネバーランドの運営に反対する者もいるのだ。その者達が今回の事を知れば、若い女性を殺してこどもを奪った殺人鬼などと騒ぎ立てるだろう、これを期にまたテロ行為ともいえる暴挙に出るとも限らんからな」 「氷の要塞(シャトー デ グラス)の陥落ですか」 シャトーデグラスはネバーランドの元となった保護施設だ。アンデルセン童話の雪の女王に基づき、こどもを集め養育するがこども自身が親元に帰りたいといえば環境確認後に戻れる仕組み。一昔前の児童養護施設みたいなものだったが、こども欲しさに親たちが乱入することも多く、関係ないこどもの連れ去りに職員への暴行、そして悪夢の陥落事件があった。 施設の爆破テロ。 まだ武装の無かった時代。 死者も多く出た上にこどもにも被害が出た。 この事件をきっかけに法改正がされガーディアンが生まれたのだ。 「またあのような惨劇が起こると?」 「どんな些細なことでも火種になり得ると言うことだよ。あちら側はいつも自分主義であり近視的なのだ。こどもの事も国の未来などお構いなしにな」 「では、母親の存在事態なかったことにしても問題ではないということですか」 亡くなった母親の顔が脳裏に浮かぶ。 おそらく、彼女について情報操作は済んでいるのだろう。 赤子を産んで姿を消した母親。 指令は引き出しから写真を一枚取り出し、デスクに置いた。 やはりと最後に見た顔からして若かった。 「18才の少女が施設から外の世界に出て羽目を外した。男にも捨てられ、彼女を探すものはいない。大学に入ったばかりだったため友人も少なく、彼女が妊娠していたことも知られていなかったよ。大学進学のために最悪の場合、産み捨てていたことも考えるとむしろ幸運だったかもしれない」 「...名前は、なんというのですか」 指令は首を傾げた。 「言っただろう。施設出に名はない。 強いていうなら119233だ。」 番号は二桁でひらがなに変換される。 母音一桁、子音は二桁。 11は『A』92は『LI』33は『SU』だ。 外の世界で避妊具は売っているが堕胎手術は違法だ。彼氏なのかもわからない男に妊娠させられた彼女は苦しみながらも子を産んで、その子に許しを乞いながら幸せを願い死んだ。 それをただの女だと母親だと呼び名で片付けるのは不憫に思えた。 少し前まで施設にいたのなら尚更、大切に育てられてきたはずの国の宝だからだ。 「アリスの養育記録は施設内のデータバンクにありますか」 彼女を名で呼んだからだろうか、それともデータを調べるといった発言事態に問題があるのか柳葉の表情が険しくなる。 「それを知って君はどうするつもりなのかね」 「まだ破棄させていないようなら死亡の処理だけしておこうかと。行方不明などでは戸籍管理班が無駄にデータを増やすだけなので。行方不明リストも無駄に多すぎては捜査の際に邪魔になるだけですし」   効率的ではない。 それを重点に説明すれば柳葉も納得するかと思った。 「...。いや、その必要はない。 No.119233は出生記録からすべて消去した。心配せずとも何も残ってはいないよ」
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