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8. 家族の形
「クソったれが!」
廊下に響き渡るフタツメの叫び声に壁を凹ませる拳。
相変わらず騒がしい。
本当に施設で育ったのかを疑ってしまう。
「だからあれほど止めたんだ」
思わずため息をつくとフタツメはなおも叫んでいる。いつまでもフタツメに付き合っていたらまた罰則をくらうかもしれない。
今度こそお迎えからはずされるかも。
ここはさっさと退散するに限る。
真っ白な通路を武装したままの兵士が歩いていく。途中、ガラス張り部屋を横切った、中は緑に覆われた公園で背の高い木々や芝生に覆われている。
その中から声を出して駆け寄ってくる少年がいた。
「兄ちゃん!」
真っ白な服を着た少年は今年で十才になるマナトだ。
「おう、マナト元気か?」
マナトは全速力で駆けて来て自分の服を引っ張った。
「シュウ兄ちゃん聞いてよ、ハヤトとカガミがさぁ!ボクの図鑑を木の上に隠したんだ!ボクが高いところ苦手なの知ってるくせに!」
矢継ぎ早にそう言うとマナトは取ってくれとばかりに服を引く。
「分かった分かった。取ってやるが着替えが先だ、それにこの姿の時は名前を呼ぶな。
前も言ったろ。仕事中は呼び名なんだって」
そう言うとマナトは慌てて口を塞ぐと周りを見回した。幸いにも人はいない。
「兄ちゃんごめん。」
素直に謝るマナトの頭をがしがしと撫でるとすぐに行くことを伝えマナトには公園で待っていて貰うことにした。
一施設百人を越えるガーディアンの中でもガーゴイルには個別にロッカールームがある。入り口は一つだが一方通行であり出口はバラバラだ。それは班長以外、互いの個人情報を一切把握しない為。常にマスクをし呼び名で呼び合うこともその為だ。
ロッカールームで着替えを済ませ、マナトが待つ公園へと向かう。先程までの武装から本来なら施設職員の白い制服に着替える必要があるのだが今日はもう帰宅するためパーカーにジーンズとラフな私服に着替えた。
マナトは公園の中央にあるモチノキに寄り掛かりながら待っていた。
子供が登り降り出来るようにと植えられたその木はそこまで大きくはない。
3mほどの高さ、太い幹に紐でくくりつけられた図鑑が確かにある。
泣きべそをかいていたマナトは約束通り来てくれたことに笑顔で返したが早く取ってと急かした。
本音をいうと身体中が痛かった。
骨が折れていなかったことが幸いだったが昨日のアレで全身打撲だったのだ。
それでも、かわいい弟分の頼みとあらば骨を折るのも致し方ないだろう。
施設内は主に同世代頭脳レベルごとに分けられた『クラス』での集団活動と、三歳以上未成年の障害、性別を問わない一部屋10人で集団生活をする。
俺とマナトは同じ部屋、つまりは『家族』だ。
成人したら施設内の仕事に就く場合一人部屋を貰えるが、俺は外に居住を移したため会ったときにしか世話を妬いてやれない。
枝から枝へ両手足に力を込めながら幹を上っていく。しかし、普段からふざけ合うことはあっても嫌がらせなどしない奴らなのになぜこんなところに図鑑を置いたのか。
足元で急かすマナトの頭上に落ちないよう慎重に紐を外すと図鑑を引き寄せる。
現在この施設内にいる児童の数は約7百人。
乳幼児は三百人にもなれば子供の数は大人よりも多い。目の行き届かない所もありケンカや弱いものイジメがあっても当然だ。
勿論それを考慮して発生時のフォロー対策を徹底している。そもそもが外の社会に出れば大人の陰湿なイジメにも対応していかなければいけないのだから、それに耐え得る心構えと対策、逃げる方法なども教育の一貫なのだ。
それはいいとして。
足元で叫んでいるマナトをひとまず宥めながらパラリと図鑑を捲る。
そういうことか。
と一人納得しながらページを捲っていると公園の入り口から少年二人が慌てて駆けてきた。ハヤトとカガミだ。
「シュウ兄ちゃん!ダメだよ!」
二人は家族では無かったがマナトと同じように俺を兄と呼んだ。
「それ返して!」
「返してって、ボクのじゃないか!
マザーから誕生日に貰ったんだ!」
ちなみに『マザー』といっても母親ではなく、クラスの担当職員。母親役というものだ。男性教員の場合、呼び名を勿論『ファザー』だ。
顔を真っ赤にしながら怒るマナトに焦りながらも二人は返さないでと叫んでる。
その手には何やら液体の入った瓶と雑巾。
「二人とも隠さずにちゃんと話してやれよ」
そう声をかけ、マナトにも見えるように図鑑を開く。ページには大きく赤い文字が書かれていた。二人はそれを知ってマナトが見る前に図鑑を取り上げ隠したのだろう。
インクを消してから返すためにマナトが登れない木の上に。
『名持ち』『消えろ』『うちに帰れ』
そんな言葉が綴られていた。
俺たち施設に迎え入れられた子供は名がない。誕生日は本物だろうが、親からつけられた名があるのは跡取りとして成人したら親の元に帰る子供だけだ。
マナトはここを出たら帰る場所がある。
将来の不安、嫉妬、そういったものは名持ちへの偏見にも繋がる。
図鑑を下ろすと三人は何も言わずにページを雑巾で拭き始めた。始めは顔を真っ赤にしていたマナトも二人と一緒に書かれた文字を消していく。
人の悪意なんて消してしまえばいい。
必要無いものだ。
むしろそれを同じように感じてくれた友達がいることを幸福に思えばいいのだ。
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