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9. 聖域と外界
乳幼児保護施設、学校、病院、公園に娯楽施設、ガーディアン宿泊施設が一つにまとめられた巨大な洋式建築物は白を基調にしており上から見ると亀甲の形をしているらしい。
八つの施設がそれぞれに柱のように建っておりそれをアーチ型の天井が覆っている。
中央指令室と乳児室がその中央にあり、有事の際にはシェルターの役割を担っている。
いわば要塞であり、穢れのない子供たちの聖域。
それを中心に『家族』の家があり、ガーディアンの家や店、子供達の為の小さな町がある。
ここで社会を学ぶ為だ。外に出ても違和感なく生活が出来るよう適正のある大人達によって指導される。
町を出ると外壁がある。厚さ三メートルのコンクリートは職員常駐の棟から棟の間に立てられた高さ5メートルのものだ。
分かりやすく例えるなら信号機の高さ。
標準の家の二階天井程。
侵入を防ぐため塀の外には有刺鉄線が張られている。
出入口は東西南北の四つの門と職員用である小さなドアがそれぞれの棟の中にある。
身分確認と身体検査が必須であり持ち込み物資にも申請書類がいる。
これ程厳重な守りをするのには勿論理由があり、お迎え班が武装するのにも気鋭する。
外の世界は危険であり、そこに生きる大人というものは時に恐ろしい怪物へと変貌するからだ。
ずるずると湯気ごと麺を吸い込む。
仕事終わりのラーメンは最高だ。
たまたま見つけた赤のれんの屋台でそれを頬張る。
自分が外で生活する理由の一つがこれだ。
外の世界にはうまいもんがある。
いわゆるジャンクフードというもの。
いや、ソウルフードといっていい。
体に良いものをバランスよく摂取するのが中の食事ならば外の食事は完全に娯楽だ。
刺激の強いもの、嗜好の物をバランスを鑑みることなく摂取する。これぞ贅沢。
脂身たっぷりの分厚いチャーシューを噛み締めながら麺を茹でている店主に替え玉を注文する。
「朝からよく食べるねお兄さん」
カウンター越しに店員である若い女性が笑いながら替え玉の載った皿を出してくれた。
麺に添えられた一切れのチャーシューの切れ端に思わず視線が止まる。
「美味しそうに食べてくれるからおまけ」
「...ども」
軽く会釈してそれを取ると少し冷めてしまったスープに流し込む。
「お兄さんってなんの仕事してるの?
職場この辺?」
ずるずると麺をすすり聞き流す。
どうやらこの店員はおしゃべり好きのようだ。
他に客がいないからかカウンターに肘を載せ頬杖をついてこちらの顔をまじまじと見つめている。
「若そうだけど、いくつ?」
食事中おしゃべりはいけない。とまではいかないがこちとら至福の時に横槍を入れられたくない。黙って熱々の替え玉をすすり、丼を掲げスープまで飲み干すと一息ついた。
「ねえ」
割り箸を置き、手を合わせる。
ご馳走さまでした。
そこでようやく二人の顔をまじまじと見た。
「お兄さん、どこかであったことない?」
例えば、昨夜とか。
そう続きを言おうもんなら今頃熱湯をかけられたか、チャーシューの切れ端のように包丁を突きつけられていたかもしれない。
「...さあ?」
首を傾げつつ、代金を渡す。
受け取った女性はにこりと笑いつつお釣りを差し出した。
カリナ。確かそう呼ばれていた。
湯気を浴びながら背中を向けているのはそう呼んだ男性だった。
「また来てくださいね」
「...」
「ね?」
しつこく話しかけていたのはおそらく自分の声を聞きたかったからだろう。
顔は完全に隠れていたから。
壁の外に出ればガーディアンはただの人だ。
武装は解除され一般の人間とならなければならない。そもそもが赤子の護衛という大義名分が無ければ武力行使も出来ないのだ。
身元がバレれば何があってもおかしくはない。
ふと、カウンターに置かれたラジオに目がいく。今時珍しい。周波数を自分で調整するものだ。
「あ、これ?珍しいでしょ。アンティークが好きなの」
聞いてないことを笑顔で言うカリナに簡単に相づちをする。
二人とも怪我は無さそうだ。
昨夜の発砲音は威嚇に過ぎなかったのだろう。
安堵すると共に疑問に思う。
今回の処分は相当であるようで重すぎるからだ。自分とフタツメにとっては相応な処分ではあるが、班長にとっては重すぎる。
一般市民への発砲は極力避けるべきことではあるが護衛対象を守るためならば許可された行為であるからだ。
自分の身を守るためではなく、赤子を守るための武力は許可されている。
「そういえば、知ってる?」
席を立とうとしてカリナがまた話しかけてきた。
「昨日発砲事件があってね。また人さらいがあったの」
「...新生児の護送ですか」
「そう。母親が撃たれたの。信じられないでしょ、なんで自分の子供と暮らすのが犯罪なの?おかしいよ」
カリナは外で育ったのだろう。
年齢的にまだ本格的にネバーランドの運営が始まって間もなかったか。自分と同世代の人間の中には外で育ったというのも少なくない。
「法律で決まったことだからしょうがない」
無難に今では誰もが口にする言葉で返す。
幼少期は施設に預けられるが、大人になったら皆外に出るのだ。希望すれば、連絡を取り合うことも許可されている。
「施設見学とかしたらどうですか?」
年に一度、ネバーランドのツアーまであるのだ。名持ち以外は確かにどれが自分の子かわからない親もいるようだが、どういった施設で子供が育っているのか知る機会にもなる。
「お兄さんは外で育ってないの?てっきり年上だと思ってたけど」
「老け顔だから。それに親と暮らしたら必ず幸せってわけでもないだろし、より良い環境があるならそこで育ててもらうのも子供の幸せでは?」
結局の問題は子は親の所有物ではないというところだ。かわいいから面倒をみる。一緒にいたいから育てる。などそれこそ親のエゴだ。
「ライオンは崖から落とすと言うし」
「人を獣と一緒にしないでよ」
真顔で眉をしかめるカリナに思わず頬杖をつく。
何が違うと言うのか。
人は動物とは違うと言いたいのか。
むしろ、障害があろうが病気であろうが分け隔てなく全ての子供を育てる施設の方が合理的であり、平等だ。
カリナは頑なに理解できないと眉間に皺まで寄せている。
ふと、彼女の背後で黙って具材を切っている男性の背中が目に写る。
彼女の言ってることは運が悪ければ犯罪助長する。大抵の人間は聞く耳を持たずに事なきを得るだろうが、ネバーランドの支持者に聞かれれば激しく非難され最悪通報されるだろう。まぁ、厳重注意で終わる話だが。
自分を試しているのか、それとも思っていることを口にすることを良しとして育てられたのか。
「君は、いい親に育てられてよかったね」
への字口になって拗ねた顔のカリナが思わず目を開く。
受け取ったおつりをケツポケットにしまいながら立ち上がった。
カリナは照れくさそうに口端を緩ませながら謝意を述べる。来店のお決まりの挨拶が心なし弾んでいるのは今では聞くことのない親を誉められるものだったからだろう。
子は親の所有物ではない、親もまた子の所有物ではないのに。
カリナにとっては自慢の家族なのだ。
次々と減っていく子供の為の環境下で育てるためには並大抵の苦労ではないだろうに。
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