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10.フタツメ
「やってられねぇ」
柳葉の指令により外壁の見張りとして立ち三日。棟の上から双眼鏡で見渡すと背後でフタツメがぼやいた。
「せめて門の近くだったらよかったんだ。護送車に群がる馬鹿どもを撃てたのに」
「撃ちたいなら訓練所で好きなだけ撃てばいいだろ」
「わかってねえなぁ」
わざと挑発するように、フタツメはご自慢のライフルを向ける。
「生きてるものを撃ち抜けるから面白いんだろ。弾が当たった時の顔、叫ぶ声、ざまあみろだ。これが快感でなきゃなんなんだ」
ゴーグルにマスクで完全に顔を隠していてもこいつの表情は分かる。
イカれてる。
フタツメは撃ち抜いたやつの顔が歪むのが好きなのだ。例え泣き叫び、許しを乞うたとしてもこいつは撃ち続けるだろう。
「お前は俺と同じだと思ってたよ」
「冗談でも言われたくない」
フタツメの馬鹿にするような笑いかたが鼻につく。下ろしたライフルを撫でながらフタツメはじろりとこちらを睨んだ。
「なんで止めた」
この間の護送の事を言っているのだろう。
「お前が規定を破ったんだろ」
「いい子ぶんなよ。ちょっと痛い目みりゃあ次からはこどもをすんなり渡すだろ。どうせ産み落としたガキのことなんかすぐに忘れてまた男と寝るんだ。次生まれたガキをすんなり手渡せば俺らの仕事だって楽になるじゃねぇか。俺は貢献してるだぜ。国にたてついてこどもを危険にさらす怪物から守ってる」
「自分を正当化するな、お前のはただの暴力だ。お前の親がお前にしたことと同じだ」
フタツメの言い分や外の人間への偏見も今に始まったことではない。けれど、首輪の外れた狂犬はやっかいで三日も二人きりとなればこいつのちょっかいも度を越してくるし、腹も立ってくる。
「なんだと」
フタツメは自分と同じで外で生まれた。
育った環境も同じく劣悪。
こいつは実の親に暴力を受け、ひたすら大人に対し反抗して育った。
自分の身を守るために父親をバットで殴り警察に補導され施設に入ったのだ。
自分が殴り付けられたバットを父親に打ち続け、重症を負わせた。
「お前はいつまで弱者でいるつもりなんだ」
「ふざけんな」
「自分を守るためなんて正当化するな。
もう子供じゃない、お前を守る為の武器は他にあることを知らないのか」
「うるせぇ」
ガーゴイルに入る適正の中の一つに大人への憎悪がある。こどもを守る際、情に流されず他人を制圧するための判断に優位であるからだ。
こどもを危険にさらす大人から守るためには暴力も辞さない。
フタツメの場合、射撃の腕以外にこの感情が大きくガーゴイルへの適正判定が出た。
まぁ、他の職には就きづらい性格というのもあるだろうが。
「お前が止めなかったら赤ん坊の所まであの女が行くことはなかったんだ。班長が撃つことも、あの女が死ぬこともなかったんだ」
「...ちょっと待て」
「巓班長が引退することだって。
全部てめえのせいだ!」
叫びながらライフルを向けるフタツメが荒々しく息をする。
怒りで銃口が震えているが撃とうと思えば確実に当たるだろう。
今撃てば確実にクビになるから撃たないだけで、フタツメは撃てる状況なら引き金を引いていた。
「死んだのか」
「...そうだよ。だから班長が責任をとらされた」
殺傷能力はない銃だぞ。
近距離ならば、骨折や失明もあり得るが。
巓班長の銃弾が例え心臓を捉えていたとして、心臓に何かしら持病でもない限りあり得ない。
「何が原因で?おかしいだろ」
「知るかよ。こどもを拐おうとしたあの女が悪い、自業自得だろ」
「拐おうとしたんじゃない。最後に顔を見て言葉をかけたかっただけじゃないか」
母親は保育器を開けなかった。我が子の寝顔を見てただ謝ってただけだ、こんな母親でごめんと。幸せになれと。
「指令に会ってくる」
「何のために、班長はもう」
「母親の死因を確かめなきゃいけないだろ。弾が規定の物でなかったとしたら?殺傷能力があったのなら班長はそれを知っていたのか」
そもそもがおかしな話だ。
いくらこどもに危険が迫っているからといって発砲した巓班長も、保育器から出されていない、ただ泣いていて許しを乞うていた女性を拘束することなんて出来たはずだ。
もしも、故意に致死率を高めた武器を使っていたとしたら?
母親を敢えて殺したことになる。
「やっぱお前は俺らとは違う」
「その意見は同意してやる」
フタツメを置いて棟を下りた。
勤務違反だと言われたなら甘んじて罰を受ければいい。それよりも事は重大だった。
なぜ指令は母親が死んだことを黙っていたのか。死者が出たのならもっと問題になるべきなのに。
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