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5.笛吹男の鼠兵
駐車場は広く物陰は少ない。
中央に駐まっていた一台のバンに女が駆け寄ると扉は勝手に開いた。
「早く乗れ、母親が捕まった。」
扉を開けた中年の男は眉を潜める。
女は飛び乗ると運転手がエンジンをかけた。
背中のリュックから赤ん坊を抱き上げると怪我などがないか確認する。
すやすやと眠っている赤ん坊に女はほっと息をついた。
「少しは手加減しろよ、本当に飛んだぞ」
助手席から顔を出したのは殴られ倒れていたはずの医者の姿。
血のりが乾いてしまったようで髪が赤く染まったままだ。
「やるからには何事も本気でやれって教わってるの」
にこりと笑って返す。
「親の顔が見てみたいよ、たくっ」
「気を抜くな、まだ終わったわけじゃねえ。これからが本番だ、」
女の親である中年の男が釘を刺す。医師役の男はため息をつきながら肩を竦めた。
「さて、ではお手並み拝見しましょうか笛吹男の鼠兵」
男がそう呟き、サイドミラーを見つめる。
車の背後に武装した隊員の姿がかすめた。
「掴まれ!!」
運転手の怒号と共に急発進する車。進行方向は後ろだ。
跳ね上がるエンジン音と共に車のバックガラスに張り付く男の姿。
数メートル走ると今度は前に進路を変える。
一瞬隊員の姿が消え、女はほっと息をついたつかの間、運転席のガラスにヒビが入り一面が白く濁る。連続で聞こえる発砲音に運転手は慌ててアクセルに足を乗せるが踏むより早くガラスが飛び散った。細かな破片が舞う中、後ろにいたはずの隊員が持っていた小銃がこめかみにピタリと吸い付いた。
「やめとけ。この距離は痛いぞ。」
隊員の手には小銃型強化エアーガン。殺傷能力は低いが打ち所によれば気を失う。
舌打ちを返しながら運転手が両手を挙げる。
「エンジンを切れ。キーをこちらに」
「クソやろうが」
「言葉が悪いな、育ちの悪さがよくわかる。」
「お前らみたいな痛みも感情もねえ人間に言われたくないね」
皮肉りながらも運転手はキーを放り投げた。
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