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「おかげさまで死ぬほどいてえよ。」
車にひかれかけたのだから当然である。
運転手は苦笑した。
「さて、で?どうする、一人でこの人数を相手するか?」
助手席の男が腕を頭の上で組みながら笑う。
後部座席には中年の男に先程の女の姿が見える。
その腕に赤ん坊の姿を見つけ隊員は運転手の顔を改めて見た。
「してやっても構わないが、こちらの仕事は赤ん坊の保護だ。おとなしく赤ん坊を返すならよし。抵抗するならそれまでだ。」
「人さらいがよくも偉そうに!」
後部座席から女が叫ぶ。
怒りに満ちた視線が隊員の横顔を刺すが気に病む様子もない。
どのみち、両者は理解し合えない者同士だ。
「力尽くで奪うしかないな」
その一言で運転席の手が下り、ドアが開く。
ドアに押され多少ずれはしたが即座に反応した兵士が運転手の頭部を殴りつける。
反対側からそれぞれが一斉に車から飛び出したところで怒号が飛んだ。
「動くな!」
暗闇にスポットライトが照らされる。
待機していた護送車が来たようだ。
車上に備え付けられた機関銃が銃口を向ける。
ピタリと動きを止めた彼女らの目の前に四方から他の隊員四人が銃口を向けながらにじり寄った。
「ヨツメ、赤ん坊の確保を」
班長の指示に女に歩み寄る。女は頑なに赤ん坊を渡すまいと身構え睨んだ。
「渡すんだ。」
「嫌よ!死んでも渡さない」
「カリナ渡すんだ」
女の背後から両手を挙げた中年男性は諭すがカリナと呼ばれた女性は首を振る。
しびれを切らした班長がカリナに近づくと銃口を額に向けた。
それにも動じずカリナはにらみ返す。
「怖くないわよ。そんなもの」
「殺傷能力は低く痛みがあるだけだ。一般市民に怪我をさせないよう配慮している。だが」
銃口が逸れる。
「こちらの親切を思い上がらないで頂きたい。当たり所が悪ければ失明もありえる」
銃口の先、カリナの瞳が大きく見開く。
赤子を抱く腕が小刻みに揺れる。それでも手放さそうとしないのは腕の中の小さな命を守ろうとする女性ならではの強い母性本能ゆえかもしれない。
今にも引き金を引こうとしている班長の前に身を挺し『ヨツメ』はカリナに腕を伸ばす。差し出しはしないものの抵抗もしなかった。
抱き上げた温かく軽い小さな赤子は何事もなかったように眠っている。
「 ・・・お願い」
カリナは絞り出すように懇願した。
「一度で良いから、母親に」
「・・・。一度ならず二度もその女を絶望に突き落とすのか」
「生まれた子の顔も見ずにお別れなんて酷すぎる」
「子供を作るのは親の欲だ。けれど子供には何の関係もない事だ。この子も、この国で生まれる全ての子供は一人の人間として何にも縛られず幸せに生きる権利を持つ。
これ以上この子も、この子の親もお前らの価値観で傷つけるのはやめろ」
『ヨツメ』はカリナを一睨みすると踵を返した。フタツメ、イツツメが後に続く。
待機していた車両に着くと護送用の保育器に赤子を寝かせ、『ヨツメ』は座席に腰を下ろした。
深いため息を吐く。全身がひどく痛んだ。
車が塀までバックしなくて助かった。
挟まれていたら即座に足を動かし運転席まで行くことなど出来なかっただろう。
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