6.母親

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6.母親

「手こずったな。相手が女で気が引けたか」 保育器を間に挟んで向かい合うように座るフタツメが皮肉を言う。 肩に立てかけたライフルを撫でながら出番がなかったことを悔やんでるようにも見える。 マスクで顔を隠しているから表情は分からない。分かりたくもない。 他の隊員達がそろそろ来るだろうと思った矢先銃声がした。それに続く護送車を激しく叩く音。 「お願い!返して!私の子よ!返して」 逃げたはずの母親が扉を叩いているようだ。 直ぐに外にいた隊員たちが取り押さえるだろう。 「最近の警察は女1人捕まえていられねえのかよ」 フタツメはめんどくせえと呟きながら立ち上がる。そう言いながら声音が軽いのは出番の無かったライフル(相棒)を使う機会が出来たからだろう。 「分かってるだろ、外から開かない作りだ」 「さっき銃声がしたよな。威嚇射撃は済んでる、警告はした」 フタツメは厄介だ。 こいつなら本気で相手の目玉も潰しかねない。 「一人じゃなかったら? 赤子の安全が優先だ。 必要以上に外の人間に接触するな」 ドアノブに伸ばした手をフタツメはこちらを一瞥して頭上へ上げた。 銃口を向けたこちらにヘラヘラと笑顔を見せる。 「わかったよ」 「...」 その間も外からは母親の声が響く。 「私の子よ!返して!人さらい!」 地響きのように激しくドアを叩きながら、 何度も、何度も。 「構うな、班長達がすぐに」 「わかってるって、あー...」 その場で立ち止まったままのフタツメが耳ざわりだと耳を覆っていた右手がするりと落ちる。 「あー、やべえ、手が滑ったぁ」 「おいっ!」 わざとらしく声をあげ、こちらを嘲笑いながら扉を開ける。 重厚な扉の開く音、フタツメが銃を向けた先には乱れた髪に泥と血の滲んだ手のひらを振り上げていた女の泣き顔があった。 「わたしの、赤ちゃ..」 扉が開いたことで女の動きが止まる。 その額に向けフタツメは銃口を向けた。 「うるせぇんだよ!ババア」 「やめろフタツメ!」 思わず体当たりをしてしまった自分は大馬鹿だ。フタツメの放った銃弾は母親には当たらず、ライフルを構えた男に後ろから抱きつく形で車外に転がり落ちた。 「バカ野郎ヨツメ!どけ!」 ジタバタするフタツメを腹這いに地面に押し付け顔を上げる。 車内にはパジャマ姿の母親が保育器へと手を伸ばしていた。 慌てて自分の拳銃を向ける。 撃たなきゃいけない。 赤子の安全は何よりも優先することだ。 抱き上げられたらよけいに撃てなくなる。 「わ、わたしの..」 母親の震える声がよく響く。 逃げる時に転んだのだろうか、パジャマも顔も汚れていた。髪もひどく乱れていたからすぐには分からなかった。 この母親はとても、若かった。 「ごめっ..ごめんね..」 ぽろぽろと滴が保育器のガラスを跳ねる。 中で眠る赤子はその音に体を捻らせた。 その姿がよけいに若い母親の涙を誘う。 嗚咽を堪えようと体を折り曲げ、膝をつくと保育器に抱きつき母親は許しを乞う。 「ごめんねぇっ、あなたを育ててあげられなくって、こんなっ、私が母親で」 すやすやと眠っていた赤子の顔を焼き付けるようにあふれでる涙を拭う事もなくじっと見つめる。 「幸せに、なってね」 応えるように赤子が欠伸をすると母親はそれに頬擦りをした。 何度も 幸せになって と。 その光景にヨツメは引き金にかけた指を動かせなかった。 「おい、もういいだろ!放せよ」 膝下からフタツメの声が飛ぶ。 母親から銃口を下ろし、フタツメの体から膝を退けようとしたその時背後から銃声がした。同時に響く母親の悲鳴。 振り向くとカリナ達を捉えていた班長が銃口を向けていた。 「何をしている!早く赤子から引き離せ!」 班長の怒号に直ぐ様母親へ駆け寄る隊員達。 母親は撃たれた溝内を抱えながら隊員達に囲われ車外に出た。 その後迎えにきた警察に預けられる。 もう全身に力が入らないのだろう。 ぐったりとその場に座り込む母親を眺めていると班長の視線に我に返った。 「班長、これは」 「言い訳は帰ってからにしろ。撤収」 慌てて立ち上がるが班長の睨みを食らう。 地面に腹這いになっていたフタツメはよけいに罰の悪そうに顔を背けた。
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