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「そなたの父親はこの村一番の頼りになる男じゃった。けれどもその事件が起こる数日前、クリョウへ商談に参った時に……帰らなくなった……」
そこで村長はギュッと辛そうに眉根を寄せた。
「道中で何かあったか……殺されたのか……。何もわからぬままじゃ。そして母親はその後を追うようにして自死を選んだ……。そなたの記憶にはないだろう……小さかったでな」
「そんな……」
リョウは言葉を失った。
「……結局、我らにはどこがどんな理由でクリョウが滅ぼされたのかも分からぬままじゃった。出来ることは、ソヨンとリョウを共にして育て、平穏無事に大きくなることを願う事だけじゃった。村人も同じく、な」
二人は口元に手を当てて息を飲んでいた。
まさかそんな悲しいことが隠されていたなんて夢にも思わなかった。
「それじゃ……私たちは……」
ソヨンはリョウを見た。
彼女の整った横顔がこちらに向くことは無い。それよりも、真っ直ぐに前を見すえ、何か強い意志を感じる横顔だった。
「うむ。お前たちに血の繋がりはない」
絶句したソヨンは、力なく座り込んでしまった。
「それは、村人みんなが知っていたことなんですか?」
「そうだ。若者以外な」
そこでジンの野太い声が入る。熱い胸板を布服からでも感じる彼の逞しさが3人の中を割って入った。
「お前たちはショックかもしれぬが、みんながお前たちの成長を見守っていたんだ。リョウ、お前は明日ここを去るんだよな?」
コクン、と頷く。
明日、宮中仕えに旅立つリョウ……。
「私は、今のお話で行く気持ちが更に固まりましたわ」
はっきりとリョウは言った。
「それは、どういう意味じゃな?」
「そのクリョウが滅びた件は、なにか裏に事件があったに違いないもの。きっと都にいけばなにか手がかりか噂があるかもしれない。こんな田舎にいるよりも、自分の父がどうなってしまったのかを知りたいです」
ソヨンはリョウを見た。
そこには変わらず、強い眼差しの彼女だ。
「…………うむ。そうじゃの……しかし、下手なことはするんじゃないぞ? おかしな事をすれば、たちまちそなたの命は無くなるじゃろうから」
「え? 村長さま、そんなに宮中は危ないところなんですか? 王様がいるのに?」
ソヨンは驚いた。
「……行ってから説明があると思うが、数年は見習いだ。そしてそこでありとあらゆる所へお仕えするんだ」
「ジン、ありとあらゆる所って?」
ソヨンは、行けばすぐに王様に会えるのだと思っていた。そうではないの?
「あのなぁ、ソヨン。お前は能天気だな。そんな簡単に王宮へと上がれるはずがないだろう。才能のある者が認められるまで何年もかかる。それまでは一番下っ端だ。少しの嫌疑がかかれば否応なく罰せられると思っておけ」
厳しい言葉にソヨンはまた絶句した。
「ジン、1番最初はどこに所属するの?」
「そうだやなあ……」
ジンは顎に手をやる。
「……大体、監獄や生果房あたりかな。刺繍房かもしれんが」
「監獄!? ししゅう……? せいか?」
「ソヨン、王宮にはたくさんの兵や官職達がいるんだぞ。食べ物を始め、御手洗まで果たしてどれだけの人間が動いていると思う? リョウはそこで一から仕込まれるんだ」
ジンは呆れたように言った。
「広そうね……楽しみだわ」
俯いたままリョウは唇に笑みを浮かべた。
「さて、今夜は別れの儀式じゃ。たんと美味いものを食って、皆に挨拶をするがいい」
村長はそう言うとニッコリと微笑んだのだった。
「はい。今夜は大切に過ごしたいと思います。村長さま、今までありがとうございました。私が生きてこられたのもこの村のおかげです」
「うむ……」
リョウの言葉にソヨンは寂しさが込み上げてくる。
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