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「――香織さん?」
呼びかけられて我に返ると、隣に座っていた男が不思議そうな眼差しでこちらを見つめていた。
「ごめんなさい。ちょっとぼうっとしていたわ」
彼は今日香織と結婚式をあげたばかりの男性で、二人は今しがたようやく新居へと入ったところなのだ。
香織たちはソファでくつろぎながら話をしていた。
「今日はお疲れさまでした。あなたと出会えて本当によかったと思っています」
男は穏やかな微笑みを浮かべる。
「私もです、達也さん」
香織もまた微笑み返した。
新堂達也は香織と同い年。今年二十八歳になる会社員だ。大手企業に就職しており、社内では出世頭と言われている。学生時代から成績が良く、容姿も端正だったため女の子からも人気は高かったらしい。
そんな相手と知り合えたことは、香織にとっては本当に幸運だった。
ましてやその相手と夫婦になるだなんて。
彼との出会いは、香織にとってまさに運命的だったと思う。香織は彼を愛してはいなかったけれど、彼女の心は感謝の気持ちでいっぱいになる。
「達也さん、私と結婚してくれてありがとう」
香織の口から自然とその言葉が出ていた。
それを聞いた達也はにこりと微笑んだ。
「それはお互い様ですよ」
彼の方も、自分に感謝してくれているようだ。その事実だけで香織はとても満足できる。
なんたってこの契約結婚は、達也の方から持ち掛けて来たのだから――。
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