告白

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 うわ、しまった!  僕は曲がりかけた廊下を慌てて戻った。  廊下の壁に背をつけて、息を潜める。 「あの…私…、入学式で見た時からずっと好きで…」 「うん、ありがとう。でもごめんね」  他人の告白シーンなんて見たくない。  ましてや…。 「で、でも、彼女、いないんでしょ?」 「彼女はいない、けど?」  だから何?と続きそうな声音。彼はたぶん今、完璧なお断りスマイルを浮かべている。  幼馴染みの彼はとてもとても綺麗で、だからこそお断りスマイルが出るともう誰も近付けない。  案の定、相手は何も言えなくなったらしく、軽い足音が遠ざかって行くのが聞こえた。  僕は詰めていた息を細く吐いた。彼も行ってしまってから動こう。そう思った時、 「!」  肩にポンと大きな手が乗せられた。 「どこから聞いてた?」  長身の彼が、背をかがめて僕を覗き込む。  彫りの深い切長の瞳が僕を捉えた。  生まれた時からずっと一緒にいるのに、彼に見つめられると息が止まる。 「…たぶん、最初から…」  ごめん、と頭を下げると、謝らなくていい、と彼が僕の頭を撫でた。 「嫌なものを見せたな。こっちこそ悪かった」 「ううん、不可抗力だよ。それに…、慣れてる…し」  今時は告白も対面ではしない事が多いのだというけれど、彼は誰とでも連絡先を交換するタイプではないので、直接呼び出すしかない。その高いハードルを越えてでも想いを伝えたい女の子は後を絶たない。  俯く僕の頬を彼の大きな手がするりと辿り、顎を軽く持ち上げられる。 「なら、どうして泣きそうな顔をしてる?」  チラリと上目に見た彼は、この上なく優しい顔をしていた。  彼のこんな表情を見られるのは僕だけだ。そう思うと胸が熱くなる。  僕は静かに頭を振った。 「平気…だよ?」 「ならいいけど」  その言葉と同時にぐいと引き寄せられて抱きしめられた。 「だ、誰かに見られたら…」 「オレは構わないよ」  耳元でそう囁かれて一気に体温が上がった。心臓がうるさいほど鳴り始める。僕は彼のブレザーを掴んだ。 「僕は…怖い」 「そっか…、だよな」  名残惜しそうに背を撫でて、彼が腕を解いた。  僕だって本当は、ずっと彼の腕の中にいたかった。 「そんな顔するなよ。いくらオレでも理性が切れるぞ」  片頬を上げて笑う彼が、とんでもなく格好良い。  この人が、僕の恋人。    でも大っぴらに僕のものだとは言えない。  表向きは仲の良い幼馴染み同士でいるしかない。  だから…彼女たちの告白を止める事はできない。 「…彼女はいない…って言ってた、ね」 「うん?」  甘えた事を言おうとしてる。 「…じゃあ、付き合ってる人は、って訊かれたら…?」  彼が僕を傷つけるはずがない、という前提の甘えた質問。  彼は僕をじっと見て、少し意地の悪い笑みを浮かべた。 「お前はオレに、なんて答えて欲しい?」  たまらなく魅力的な表情でそう訊かれて、僕は答えに詰まった。 「いる、でも、いない、でも、ノーコメントでも、オレはどれでも構わない」  どうする?と目で問われて、僕は視線を泳がせた。  いる、と言えば相手は誰なのか探られる。  ノーコメントもあまり変わらない気がする。  でも。  いない、と言われるのは、やっぱり悲しい。  ベストな選択が分からない。  途方に暮れた僕の背中を彼がぽんぽんと叩いた。 「悪い。困らせたな。お前は何も心配しなくていい。それにほら、さっきので最後かもしれないし」 「…そんな訳ないじゃん」  僕は少し無理をして笑ってみせた。  彼はもう笑っていなかった。日本人にしては淡い色の長めの前髪が目元に影を落として、益々シャープな印象を醸している。  彼が、僕の目を真っ直ぐに射抜いた。  強い瞳に見つめられて、呼吸も上手くできない。 「明日、予定ある?」  低く問われて、僕は首を横に振った。  今日は金曜日。 「泊まりに来れる?」  視界が揺れるほど心臓がどくどくと脈打っている。  僕はようやく小さく頷いた。  彼の顔が見られない。 「じゃ、帰ろうか」  そう言った彼が、僕の背中をぽんぽんと叩いた。  そのまま肩を抱かれてゆっくりと歩き出す。  夕方の光が、2人の影を長く伸ばしていた。  了
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