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(7)おかえりなさい
母の形見の結婚指輪を自分の左の薬指にはめてみた。
隙間ができている。女の人の指って小さい。
指輪を空へ見えるように腕を伸ばした。
母が今どこにいるかはわからないけど。
グレーの空の一点から強くなってきた雪が
僕のまわりへ取り囲むように舞い降りてくる。
小さく重なるように。見落とさないように。
守っているよ。お互いにどこにいても。
母の手のひらと僕の手のひらが時を超え重なったように感じた。
大人になって今なら母を支えられる。
まだこの世にいる僕は、
一人でも生きていけるようになった。
「久しぶり」。
とつぶやいた。
「お帰り」。
母の声が耳に降り積もってゆく。
遠い生きていた頃の記憶と同じ優しさで。
僕には母の声が聞こえる。
口で表さなくても。
生まれた時から。
今まで他の人に話しても信じてもらえなかった。
でもたまに受け入れてくれる人もいる。
餡川恵もこんな変わった話しを聞いて
うなづいてくれる人のひとりだった。
続。
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