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2.
酔っているせいか、手元が狂って鍵が開けにくい。いつもより少し時間をかけてドアを開け、家の中へと入る。
たっだいまー!
ちょっとハッキリと声が出てしまったが、柴本も普段は声がデカい方なので、まぁお互い様だろう。
それにしても、誰かに『ただいま』と言える生活のなんと幸せなことか。
明かりはついているけれども返事はない。毛並みを乾かすための全身ブロワーが唸る音が聞こえる。工場に置かれている巨大な扇風機のような形のそれは、全身を毛皮に覆われた獣人たちの生活必需品である。
どうやら風呂から上がったばかりのようだ。
コートと上着をハンガーに掛けてから、台所の流し台で手を洗ってうがいをする。風呂上がりのところを鉢合わせするのは気まずいから、こういうときには洗面所は使わない。
かつて陸上防衛隊に10年ほど籍をおいていた柴本は、集団生活に慣れているようで、他人の前で肌――彼の場合は毛並みと言うべきか――をさらすことに、あまり抵抗がないようだ。
けれども、わたしはそうではない。ルームシェアを始めて間もない頃、入浴中でも構わず脱衣場に入ってくる柴本には、とてもびっくりしたものだ。以来、彼なりに気をつかってくれているのだから、わたしも無神経なことはすべきではない。
テーブルの上を見ると、つい先程まで仕事をしていたのか、ボールペンで色々と書き殴ったメモ紙や何らかの資料、それに写真などが積み上げられたままになっている。
柴本光義は便利屋だ。法に触れない範囲で、人々の頼み事を有償で解決してゆく。
写真やメモに書いてある内容からすると、どうやら2週間後に迫った七五三がらみの案件らしい。今度はカメラマンでも頼まれたのか。本当に何でもこなす、器用な男だ。
放り出されたままの資料のひとつ、1枚の写真に目が留まる。
少し黄ばんで見えるそれは、アナログカメラで撮られたカラー写真だ。デジタルカメラ全盛の今ではもう珍しいけれど、わたしが小学生くらいまでのときには、当時まだ解像度が荒かったデジタルカメラよりも信頼を置く人は少なくなかったように思う。林間学校や修学旅行では、記録用に使い捨てのレンズ付きフィルムを班ごとに配られたのを何となく覚えている。
写真に写っているのは、ふわふわとした毛並みの犬狼族の女の子だ。きれいな着物を着せられて、赤茶の毛並みのところどころを鮮やかな染め粉で彩っている。待っている間にご機嫌斜めになってしまったのか、ぐずって泣き腫らしたような顔をしているのが、また何とも言えず愛くるしい。
写真の右下の日付表示は、わたしや柴本が小学校に上がるより前に撮られたことを示していた。ちょうど同じくらいの歳か。毛並みの色合いは柴本とそっくりだ。目鼻立ちもよく似ている。女きょうだいか、あるいは従姉妹だろうかと思っていると
「よう、お帰り」
ロング丈のボクサーパンツと脇が広く開いたタンクトップを身に付けた柴本が、すぐ後ろに立っていた。
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