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「へへ。可愛いだろ、それ」  古びたカラー写真を指差して笑う。洗い立ての毛並みからは全身用シャンプーのいい匂いがする。 「今日、姉貴が訪ねて来てさ、これ持って来たんだよ。が紛れ込んでたから返すって」  へぇ、そうなん――えっ、ちょっと待った。今、なんて!?  身長162センチの体重78キロ。小柄だが肩幅は広く、柔道家かプロレスラーのような骨太なシルエット。ふさふさと生えそろった冬毛のおかげで目方は更に多く見える。それと、写真に写る晴れ着姿の女の子?を何度も見比べていると   「おれ、5歳くらいまで女の子として育てられてたんだ。でさ」  太短く厳つい指で写真をつまみ上げ、懐かしそうに眺めながら、驚愕のセリフを吐いたのだった。  目を見開いて口をあんぐり開けたままのわたしになど構わず、柴本は続ける。   「5歳になったら女の子扱いはおしまい。七五三で袴姿になったその日から男だ。けど、地味なのヤダ! 可愛いのがいい! って駄々こねて皆を困らせちゃったらしくて。しょうがないから、女の子の晴れ着で撮りましょうってことになったのがこれ、って訳だ」  ご丁寧に、ところどころに身振りを交えて説明してくれる。成人男性としては高く鼻に掛かった甘い声質、それに口吻(マズル)が寸詰まりな童顔があざとさを加速させる。    それはともかく、のために女の子として育てるなんて、まるで数百年前の話みたいだ。そう言いかけて、ひとつの病名が沼の泡のように頭の片隅から浮かび上がる。    内在性(ないざいせい)キルケー症候群(しょうこうぐん)。  つい数日前、テレビで見た名前を口にする。  数多くの獣人の乳幼児を死に至らしめてきた奇病。長らく原因不明とされてきたが、ここ十年あまりの間にようやく病気のメカニズムが解明され、予防や治療に関する研究が急ピッチで進められていると放映されていた。   「おっ、詳しいな。人間(おまえら)にはあんまり関係ない病気だってのによ」  柴本の丸っこい目が、わたしの方を向いた。
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