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「おれが生まれる前に兄貴がふたり、この病気で死んじゃったらしくてさ。姉貴はかからなかったんだけど、おれも2歳になるくらいかな。同じように熱出して、どうしようもないから女の子の恰好させてみたら生き残ったんで、しばらくそのまま育てたらしいんだ」  悲しむでもなく、いつもと変わらぬ口調。けれども、そこにどうしようもない隔たり――死生観の違いを見てしまった気がして、どう言葉を返せば良いか分からない。  答えに窮するわたしの顔を、柴本が不思議そうに覗き込んだ。 「どうした、顔色が悪いぞ」  飲み過ぎたかも。汗かいちゃったから風呂入ってくるね。  顔の筋肉が変な動きをしないように意識しながら、その場から立ち去ろうとするわたしの腕を、柴本が掴んだ。反射的に振りほどこうとして思いとどまる。   「ははーん、さては飲み過ぎだな。おれには休肝日だ何だってうるせぇクセによ。とりあえずそこ座れ」  促されるままに椅子に座るわたしを前に、テーブルの上の書類をガサガサと手荒に束ねてスペースを作る。   「風呂は明日にしろよ。中で溺れられたら助られねぇからな」  目の前に置いてくれたコップの中身に口をつける。よく冷えた麦茶だ。暑がりで猫舌の柴本は、どんなに寒くても冷たいものを飲みたがる。半分ほど飲んでコップを置いたところで、柴本は何かを思い出したかのようにポンと手を打ち   「あ、そうだ。再来週の日曜、なんか予定ある?」  とくに何もないと答えると 「今度、甥っ子の七五三なんだよ。姉貴からカメラマン頼まれたんだけど、もう何年も親たちと顔合わせてなくて気まずいんだ。頼むから来てくれよ! 何でも言う事聞くから、この通り!」  両手をパチンと合わせて拝む仕草。日本人なら人間も獣人も関係ない、割とありきたりな癖だ。    大事な行事に、赤の他人を招き入れて大丈夫なのかと問うと 「大丈夫、大丈夫。親戚以外の客を招くのは縁起がいいんだ。それに、一緒に暮らしてるんだから、家族みてーなモンだろ」  まったく雑な答えが返ってくる。けれども――か。うん、悪くない。むしろ、とても良い。   「よし、決まりだな。メシ代も参加費もおれが全部出す。何も気にしなくていいぜ!」  そうは言っても、祝いの品も無しに参加する訳にはいかないだろう。何か考えなくては。    ああ。こんなことなら、同僚たちの七五三談議に、もっと加わるべきだったな。  幸い、まだ時間はある。週明けにでも聞いてみよう。  5歳になる男の子とその家族には、何をあげれば喜んでもらえるだろうか。  そんなことを考えるうちに、気付けば、気分の悪さは過ぎ去っていた。  難しく考える必要などない。そう、きっとこれで良いのだ。      (了)
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