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1.
10月も終わりに近づいた金曜の夜。
先週までの暑さが嘘のように寒くなり、日が暮れるのも目に見えて早くなってきた。
秋から冬へと移り変わるこの時期は、どうしても憂鬱な気分になりがちだ。けれども今、わたしが暮らしている淡海県の県庁所在地である河都市には、どことなく陽気な気配が漂っている。
太平洋岸に位置し、黒潮の影響で冬でも温暖な土地柄もあるかもしれないが、それだけではない。
10/31のハロウィンと12/25のクリスマス(と12/24のクリスマスイブ)の間に挟まるように、11/15の七五三。ゆったり長く続くお祭り気分が、晩秋の憂鬱さをかき消してくれているのだろう。
『七五三おめでとうございます!』
『お子様の無事な成長を心から願います』
街のあちこちに現れた派手な垂れ幕や幟には、文化の違いを認識させられて驚いたものだ。少なくともわたしの故郷では、もっとささやかな行事だったように覚えている。
この盛大な祝い方は、獣人たちの習わしが元になっているそうだ。
医療が発達した現在でも、彼らの乳幼児期における死亡率は人間の倍以上に上ると統計データが示している。それゆえに、子どもの成長への喜びや願いは一際強いと聞く。獣人が多い河都では、商業的なイベントと結びつき、今やクリスマスやバレンタインと並ぶくらいの規模に至っている。
買い物に出掛ければ、あちこちの店でお祝いのデコレーションケーキの予約を受け付けているし、職場でも同僚たちが、知人や親戚の子どもへのプレゼントをどうするかだの、記念撮影のためのレンタル晴れ着の情報交換だのを休憩時間に盛んにやっているのを目にする。
とにかく、楽しいことはいいことだ。
こう考えるようになったのは、同居人である柴本の影響が間違いなく大きい。思い返せば、以前のわたしはもっと卑屈で根暗で、ときには他人の幸せを内心で妬ましく思うこともあった。
さっきの酒の席でも、同僚や先輩から『最近、表情が明るくなったね』と褒めてもらえた。そもそも、仕事終わりの飲みにケーションなんて、少し前のわたしなら、適当に理由を付けて逃げ出していたに違いない。さすがに、メインのお題になった七五三がらみのあれこれに関しては、曖昧に頷いたり適当な相槌を返すしか出来なかったが。
そんなわけで、この上なくいい気分だ。わたしは独り身で、七五三を迎える子どもが身近にいる訳でもないが、幸せな空気のご相伴に預かっている。
駅から家までは歩いて40分くらい。タクシーを使うか、家にいる筈の柴本に電話をして迎えに来てもらおうかとも思ったが――掛かったガソリン代その他が家賃に上乗せされる――、なんとなく気分が良いので歩くことにした。
冷たい夜風がなんとも心地良い。
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