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二人目の姉(冬月由貴)
『今日は天満のところに泊まります』
静かな部屋にもう一人の住人がいないだけで、音をなくし、電気もつけずにソファーに寝転がって、絵文字も無い簡潔な文章で送られてきたメールをじっと見ている。
本当に怒らせてしまったのかもしれない……どうすればそう、考えてるところに、姉からの呼び出しメール。
僕には二人の姉がいて、今のメールは長女の陽子姉さんで、美味しい食事というのは由依姉さんの料理教室だろう……姉からのメールを既読スルーで流すこと許されず、今から行くというメールを送り、上着を持って家を出た。
✱✱✱
姉の店に着き、勝手知ったるなんとかというやつで、裏口から入り、姉がいつも寛いでいるスペースのドアを開けると、陽子姉さんがドアの隙間から料理教室を覗き見していた。
「陽子姉さん」
そう、普通に声をかけただけなのに、陽子姉ちゃんの肩が跳ね、叫びそうになる口を抑えて振り返る姿にため息を吐く。
「びっくりした……来るのが遅すぎ」
「そんな事言われても僕だって暇じゃないの」
「恋人と喧嘩して一人なのに?」
「イジワル」
和毅と喧嘩したことまで知ってるなんて、三人とも口が軽いんだから……
部下の三人と姉達は、週イチで女子会をするほど仲が良く、その彼女達の誰かが、姉達に喋ったのだろうから、まるで勝ち誇ったかのような笑顔をみせた陽子姉ちゃんに、僕は苦笑いで返す。
「で?陽子姉ちゃんは何を覗き見してるの?」
「由貴の彼氏が料理しているところよ? 和毅くんだっけ? 確かにイケメンね」
「はぁ? 陽子姉ちゅん……和毅は、僕と一緒に暮らすまで、外食とデリバリーしか食べたこと無いぐらい料理なんてしたことないけど?」
「じゃぁ、気が変わったのかもね?」
今まで覗いていた場所を僕に譲り、半信半疑で扉に近づいた僕は、数十センチ空いた扉の隙間から、顔を覗かせ、視線の先にいたのは、エプロン姿で包丁片手に、由衣姉ちゃんの指示で、材料を切る和毅の姿。
「由貴の誕生日に由貴の大好きな我が家の味噌カツをご馳走したいみたいよ? 素敵な彼氏じゃない」
「……素敵すぎて僕にはもったいないぐらい」
「あら? 随分消極的ね? 恋人になった時はあんなに喜んでいたのに」
料理教室で由衣姉ちゃんと話す和毅の姿が、何故か遠い存在に見えて、3人に気づかれないよう、そっと扉を閉めた。
「いつも思ってるんだ……和毅の隣は美人と可愛い女の子が似合うな……って」
「何言ってるの由貴も美人でかわいいじゃない」
「でも、僕は男……女子には敵わないよ」
自分で言って、自分で傷つくなんて……最悪……
和毅と付き合う前からわかってたことなのに、言葉にするとモノ悲しくなるのは、本気で和毅に恋をしているからなのかな……
ふぅ〜、と息を吐くと、陽子姉ちゃんがため息を付き、近くにあった椅子を引き寄せ、そこに僕を座らせる。
「由貴、またあなたの悪い癖がでてるね」
「だって……」
「思うことがあるなら彼に言ったら? 彼ならあなたのその性格受け入れてくれそうだけど?」
陽子姉ちゃんが、マットの上に膝を付き、僕の手を握ると諭すように、早口の姉にしては珍しく、ゆっくり話し始めた。
「もうあなたは立派な大人だし私から聞くのもなんだけど……もう彼とセックスしたの?」
「は……はぁーーーーー?!」
大声を出した僕の口を手で塞いだ陽子姉ちゃんの質問は、直接的すぎて、きっと僕の顔は耳まで真っ赤に染まってるだろう……僕は言葉ができず、ただ、頭を激しく横に振る。
そんな僕に向けて、陽子姉ちゃんからはため息を漏らし、頭を抱えられた。
考えてはいますよ? いますとも! でも……色々と怖いんだもん……
「とっととしちゃいなさいよ! 一年待って同棲、それでも彼とセックスしてないの? 何年彼を待たせるつもりよ」
「待ってくれるって言ったもん」
「そう言わなきゃ別れてやるって言いそうだったんじゃない?」
何故わかったの? あーもー……降参……何十年とういう僕の人生を見てきた姉に叶うことはなく、僕が肩を落としたところで由衣姉ちゃんが大慌てで部屋の中に入ってきた。
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