相変わらずな俺達(秋島和毅)

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相変わらずな俺達(秋島和毅)

 包丁の使い方ぐらい、親に教えてもらっておけばよかったと今日ほど思ったことはない。  由貴さんとどうやって仲直りしょうか……いつ…… 上着のポケットに中にある指輪を渡そうか、そんな事を考えていたら、キャベツの千切りとともに指を切った。  そして今は、救急箱を持ってくると奥に消えていった由衣さんと天満を見送った俺は、未だに血が滲んでくる傷口を水道水で流している。 「なかなか止まらないな……」  しかし、あの二人、遅くないか? 救急箱ってそんなに遠い場所なのかよ……  一度水を止め、濡れた手を振りながら、手についた水を落とし、天満に催促のメールを送ろうとしたところで、人の気配に気づき、顔を上げた先にいたのは、救急箱を抱きしめる由貴さんの姿。 「由貴さん?! 何してるんですか?」 「僕が姉の家にいたら都合でも悪いの? 手、出して……手当するから」  持っていた救急箱を置き、消毒液、コットン、絆創膏を取り出すと、消毒液を染み込ませたコットンで傷口を拭いていく。  ただ、毒を吐きながら、たっぷり染み込ませた消毒液つきで…… 「いってぇ! 消毒液付け過ぎじゃない?」 「どうせ由衣姉ちゃんに鼻の下伸ばしてぼーっとしてたんでしょ? いい気味」  いい気味って……由貴さんのお姉さんに対して鼻の下を伸ばす暇なんて無いって……由貴さんのことを考えて……そう、言いたいのだが、そういったところで、見てた見てないの攻防戦を開始するのが目に見えているから、ここは大人しく黙っていよう。 「反論しないんだ」 「反論したところで信じてくれないでしょ?」  ってなんて返しをしたんだ俺は! ほら、俯いたまま黙ってしまったじゃないか!   仲直りをしようとさっきまで考えてたはずが、更に溝を深めたことで、分が悪くなり、軌道修正させようと一つ咳払いをする。 「俺のプロポーズを受けてくれたから俺を恋人として受け入れてくれたと安心してました……気持ちは繋がってると……」  キッチンスペースから離れ、入口近くにあるポールハンガーに掛けた上着のポケットから、グレーのリングケースを取り出し、由貴さんの元に戻る。 「それは俺のエゴだって……由貴さんのことを考えてなかった……だから……」  由貴さんの前に膝を付き、戸惑いを隠せない表情をした由貴さんの手を取ると、その指先に唇を落とし、手に持っていたリングケースの蓋を開けた。 「冬月由貴さん、これからも……喧嘩はすると思うけど……俺と世界一幸せな夫夫になりませんか?」 「はい……そういう言葉を言いたいんだけど、やっぱり女性には敵わない」 「俺のこと嫌い? それともまだ信用ない?」  俺の言葉に首を振ったあと、また口を閉じる。  これは、あれだ……由貴さんの悪い癖が出てる……  俺がなんとか説得して納得したとしても、俺と女性が並んでれば、こうやって自信をなくして、先に進めない。 「由貴さん」 「やめて、由貴さんって言わないで、和毅が女性と話すたびに同じ説得を和毅にされるの?」 「由貴さんのお姉さんや部下と話す度にって言い直してくれない?」  はい、黙って頬を膨らませた。  可愛いと言いたいが……どうするかな……多分、何をしても、何を言っても難しいだろうな……じゃぁ、俺も黙っていたことをいうか…… 「じゃぁ、俺も黙っていた事を言いますね?」 「え?何よいきなり……」 「友達だって言って毎日のように電話してる葛目さんに、天満に、灰田さん……俺より楽しく話してますよね? で? この中で好きな人は誰ですか?」 「いるわけない! 冗談でも言わないでくれる?」  すごい剣幕で怒ってきた由貴さんからの返しに苦笑いを浮かべる。  仲がいいのにこの言われよう……流石、由貴さんというかなんというか……だからといって、名前を言われたら、この指輪の行方を考えなきゃいけないところだったけど……まずは、ホッとした。  見たこともないような剣幕に腕組み……なんというか、どうやら俺は、気づかないうちに、由貴さんの地雷を踏んでいて、次の言動に身構える。 「女の人と話すなんてやっぱり嫌……三人が和毅の事を呼び捨てにするのも」 「それは……」 「僕が了承しましたよ? 和毅は僕を好きだし僕も和毅が好き、だから大丈夫、問題ない……って思っていても……でも、嫌なの……和毅は僕だけのモノじゃなくなったみたいで……」  こ、これは……自惚れてもいいって……ことだよな?  由貴さんの告白に、ぽかんと口を開け、固まっていた俺の手にあるリングケースを奪い取った由貴さんは、俺にその指輪を見せた。 「だから僕と結婚して! 僕を不安にさせないぐらい世界一幸せな夫夫にしてくれないと殺してやる」 「勿論、愛してる人を殺人犯にはしたくないし……」  リングケースに埋まっていたシルバーの指輪を取り、由貴さんの左手薬指にゆっくりと、はめていく。  薬指に光る指輪に、趣味が良いと笑った笑顔が可愛くて、腰を寄せる。 「キスしても?」 「いちいち聞かない」  由貴さんが俺の肩に手を置き、そのまま唇が重なった。  相変わらずな俺らは  相変わらずに喧嘩をして  相変わらずに仲直り  そして相変わらずドタバタな結婚生活を迎えることになるだろう。     END
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