trois

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 烈己はようやく安心できる我が家へと辿り着き、玄関の明かりだけで寝室にヨロヨロと進むと、糸の切れた操り人形のようにベッドにうつ伏せになって倒れ込んだ。 「はぁ〜、なんかすげぇ疲れた……」  自分の吐く息が酒臭くて眉間に皺を寄せながら、重だるい体を腕の反動を使って仰向けにさせる。  薄暗い天井を眺めながら、未だ熱を帯びている指先たちを胸の前で組み合わせた。  手を置いた胸の奥が慌ただしく鳴っていて、体を包む自分とは違う香りに頬が火照るのを感じた。 「……なんだよ、人のこと重いとか、フラれてよかったとかほざいてたくせに……」  初めて出会った大澄は明らかに烈己には興味はなく、それは二度目の出会いでも同じだった。なのに、三度目の今日、なぜか彼は烈己を自ら抱き寄せた。  胸の前でじっとしている烈己を一切傷つけることなく、駅の改札で別れるその瞬間まで、見たこともない穏やかな表情をしていた。  思い出すだけでも体がむず痒くて、勝手に全身の体温が上がるのがわかった。  こんなの中学生の初恋みたいだ。幼くて、甘酸っぱくて、世間の大人が見たら全身に蕁麻疹が出そうなくらいの胸焼け案件。  ため息がでかけた瞬間、ポケットの中で携帯が震えて烈己はヒッと逆に息を呑んでしまい、ひとり大いにむせ返った。  涙目になりながら画面に目をやると、江からの安否確認メールが届いていた。 ──ちゃんと家に帰れた? 大丈夫?  ある意味鋭い江の心配にどきりとしながら、未遂で終わった今日のあまりにも不注意な自分を戒める。 「帰ってるよ、今日は本当にありがとう。秀にもよろしく伝えて、ご飯ごちそうさまでした」と最後に笑顔のスタンプをつけて烈己はメールを返した。  すぐに既読のついた江から「了解」のスタンプが届いて、烈己は画面に向かって微笑んだ。  メール画面が着信に変わって烈己は「わっ」と思わず声を出してしまった。  画面には大澄の名があって、烈己はぎゅっと唇を一度噛んでから、そっと応答をフリックした。 「もしもし……?」  少しうわずった声が出てしまい、烈己の顔の温度は急上昇する。 「────────」 「もしもし? おいっ、イタ電かっ」 「ぷ、くくく……」   無言電話は堪えきれずに聞き慣れた笑い声を漏らした。鼓膜がくすぐったくて烈己は簡単な自分に腹が立った。 「おい、いつまで笑ってんの」 「──今、家?」 「そうだよ」 「無事に帰れたなら良いよ。じゃあ、おやすみ」 「はっ? それだけ?」  烈己は思わず起き上がり、ベッドの上にきっちり正座した。 「ダメなの?」 「ダメっていうか……そんなのメールでよくない?」 「よくないよ、耳元で声を聞くのが目的なのに」 「はぁあ?! アンタのデレってマジわかりにくいんだけど!」  しゅんしゅんと高温の湯気を空いてる方の耳から噴き出させながら、烈己は精一杯虎の威を借りる。 「わかりやすいより時間が掛かって楽しいでしょ」 「拗らせてるなぁ、アンタ」 「そうだよ、困ったαに出会ったね」 「てか、敬語キャラはもう終わりなの?」 「そういうプレイがお好みならいつてもしてあげるよ」 「プレイとかいうな、エロおやじ」 「おやじってね、俺はまだ二十五だよ」 「アラサーじゃん」 「かわいくないなぁ、泣かすよ?」 「だったら俺は殴り返す」 「おー、マジでやりそうでこわい」  ひゃははっと、烈己は弾けるように笑った。    深い時間に始まったふたりの初めての電話は、烈己が寝息を立てるまで続き、朝日で目を覚ました烈己はいびきをかいていなかったかと乙女のような心配をしてしまい、そんな自分が恥ずかしくておかしな奇声を発しながら狭い部屋をぐるぐる歩いて回った。
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